大分県の教員採用問題はとにかく異常である。こんなことが「教育の世界」であってよいのかと思う。 「岡山でもそんなことがあるのではないか」という質問が頻繁に寄せられる。「大分であったから岡山でも」というのは論理の飛躍という人もいるが、同じ日本教育の世界で「なぜ大分にはあって岡山にはないのか」というキチンとした説明が必要なことは確かである。 兎も角、「客観性・透明性の確保が出来ているかどうか」のチェックが必要である。教育委員会も自らその調査を始めえており、その結果を注目しているが、「教育委員会が白といっているのだから白だ」では議会の責任は果たせない。 そこで、これまでの一定の調査の上に、県議団として29日、申し入れを行った。我々が特に問題にしたのは、岡山県の仕組みとして最終の合否判定の際に判定者の手元には受験者の個人名が記されたものがあるということだ。疑念が残るのは当然ではないだろうか。
「教えるとは希望を語ること、学ぶとは誠実を胸に刻むこと」・・フランスの詩人アラゴンの言葉である。教育委員会には「誠実」な対応で、「希望」を抱かしてほしいと願っている。
(写真と申し入れはホームページに掲載http://www.nijiiro.org/takeda/)












