県知事選挙にあたっての我々の二つの大義

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県知事選挙で、我が党が候補者を擁立しないことが、反響を呼んでいる。長野知事の四期目に私が党公認で立候補して以来、24年間、一貫して候補者を擁立してきたのだから、そうした反響も当然だと思う。
 実際、もっと早く独自の候補者を擁立し、石井県政の転換を実現するために力を尽くすべきだったと反省していることは事実だ。

 しかし、我々が候補者を擁立できないでいるなか、先に名乗りを上げた住宅氏が、その示す政策の中で「国との対決」「後期高齢者医療制度」「子供の医療費」「35人以下学級」「石井知事の財政危機宣言の撤回」など我が党が掲げている政策と一致できる考えを示している以上、「石井県政の転換」という大義のために、候補者を擁立しないのは現時点では最善の策だと考えるのは当然ではないだろうか。我々の大義の一つはここにある。

 我々が「自主投票」という表現を使わないのはこのためである。自民党や民主党のように、2人の候補者それぞれを応援するグループが我が党の中にいるわけではない。我々の大義は、あくまで「石井県政の転換」なのである。

 もう一つの大義は、政党として推薦も支持も出来ないということである。それは住宅氏が何処からの推薦も断っているからだけではない。
 住宅氏とは政策の重要な一致もあるが、不一致も多い。彼の応援団には様々な人がおり、その「違い」をすり合わせる組織的な保障も不十分である。そのために我々が県民に約束した政策実行の保障がない以上、政党として「推薦」「支持」ができないのは当然ではないか。

 「自主投票」を決めておきながら、代表が「個人で来ました」と選挙のど真ん中の事務所開きに顔を出すような政党とは違うのである。
 
 我々も初めてのことなので、十分説明できないことに焦りを感じている。ホームページに掲載している「コメント」とこの「いのしし日記」を読んで、ご理解の程お願いする次第である。

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このページは、hanaaraが2008年9月22日 09:40に書いたブログ記事です。

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