万葉集には「朝霧」しか登場せず、源氏物語には「夕霧」しか登場しないのは何故か・・高橋和夫著「日本文学と気象」では「万葉人は早寝早起き」、「平安貴族は10時起床、午後2時出勤の夜更かし」だからと指摘している。
この本は、昭和53年発刊で現在は絶版になっているが(県立図書館に蔵書がある)、現代の気象学の視点で日本文学と日本人の季節感を分析している貴重な書物である。
高橋氏によれば、「穀雨」「立夏」など季節感に満ちている二十四節季は、華北黄河流域の季節推移を表すもので、その天然現象と農作上の必要から生まれたものとのこと。従って、華北にはない日本特有の「梅雨」と「台風」の表現はなく、そこが平安以降の日本文学の悩みだったとのこと。
また、明治5年の新暦への移行は、日本人の伝統的な季節感を全く無視したもので、日本人の精神生活に新たな混乱をもたらしたとのこと。
しかし、高橋氏はそこから逆に日本人の精神生活の豊かさを説く。紫式部は「源氏物語」のなかで、1003年(長保5年)の大型台風を迫真的に叙述しているし、明治以降の日本人は、旧暦では「梅雨の晴れ間」を表す「五月晴れ」を、「晴れた5月の青空」の「五月晴れ」に変えてしまう。
高橋氏は著書の中で、気候を肌身で感じる生活の大切さを説き、机の上で気象を議論することを批判している。
「地球温暖化対策」を「景気対策」の目玉に据えた選挙対策の大盤振る舞いは、おそらく季節感のない人たちが考えていることだろう。
自然と農業に向き合って生活する現場からは、温暖化対策は別の視野が開けてくる。
(写真は麦の実り・・麦秋。西大寺幸島地区にて)



