書道会のリーダーだった小野桂華先生が他界された。86歳とのこと。訃報を聞き、21日のお通夜に駆けつけた。10年前くらいの写真だろうか・・遺影のなかの凛としたお顔は、「まだまだ死にたくないの。何とかしてよ」と、先生が時々見せた無邪気で我が儘なそれだった。
書道とは全く無縁な私だが、以前から知己を得て、時々ご自宅にお伺いして、政治談議を交わさせていただいた。入院されて以来、何度か病床の横でお話をさせていただいた。司馬遼太郎作品が大好きで、いつもその話になった。私が、司馬遼太郎の明治時代論に批判的なのを知っていたのか「いろいろ問題があるらしいが、司馬の作品は美しく楽しい」と熱く語っておられたのを思い出す。
3歳で小児麻痺、20歳の時、父親を原爆で失う・・親族の方の挨拶でも紹介されていたが、小野先生はその現実に眼を背けることなく、まっすぐに生きた人だった。いや、私は「戦い続けた女性」だと言うのがふさわしいと思う。
体力の限りを尽くして書いた遺作のテーマは「原爆」とのこと。
そこで、小野先生が若き時代の原爆をテーマにした詩を紹介し、小野先生とお別れをすることにする。
苦しみて自らむしりし爪と皮膚 残したる死をまじまじと見き
灰となり砂利となりたる父の遺骨 見たる怒りを何に祈らむ
「歌集・夜の雨」より。合掌


