武田英夫の被災地報告・その2・・震災後40分、巨大津波のメモリアム

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山田駅.jpg宮古市の南に位置する山田町の山田駅。圧倒的なエネルギーを誇示する津波に襲われ、周囲が流れ去っても耐えぬいた駅舎の上に、列車の車輪の形をした大きな時計が残っていました。

時計は、地震発生から40分後の午後3時25分を指したまま止まっていました。地震から津波までの40分間に「助かった命」と「流された命」・・・私は、「時計」が時を刻むのを止める瞬間まで見ていた光景を想像し、それと向きあうことはできませんでした。

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このページは、takedaが2011年6月 7日 00:56に書いたブログ記事です。

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