2011年7月アーカイブ

高知.jpg 県の防災計画見直し議論において、「液状化対策」が大きな柱になっていることは承知しており、評価しているものですが、それにしては「液状化問題」の情報が中々出てこないのが気になっています。そのことを不安に思っているのは、私だけではなく、県南の自治体関係者からも同様の声が聴こえてきます。

 

 先ほど、津波の話をしましたが、「液状化の被害」は、地震の直後に発生し、津波はその2時間後(県のこれまでの想定)に到達するのです。

 津波から避難する時間はあるのですが、液状化現象によって避難が困難になることが予測されます。

千葉県浦安市の液状化の現場を見てきたものにとって、津波が到達する前に堤防が崩壊し、駐車場から車が出れなくなり、道路にマンホールが飛び出してきて通行不能になり。避難場所の公共物が倒壊していることを想像するのは難しくありません。

それは戦後の昭和南海地震での高知の大水害が、津波到達前の液状化による「地震水害」によるという研究でも明らかです。

 

効果的な対策が十分見当たらないだけに、力を集中して液状化対策を急がねばならないと思います。

 

写真は昭和南海地震での高知の水害の写真

 「津波は倍の高さに」・・県の専門委員会での議論に関してのマスコミの報道は、私の地元である西大寺地域に大きな波紋を投げかけています。「学校の屋上では駄目だからどうするか」「二号線バイパスの上なら大丈夫だろうが、どうやって上がるのか」・・・など・・。

 

 結局、岡山に津波が到達するには2時間経過した後であることなどが、徹底されていないために、3.11の三陸沖の津波の映像が思い起こされて、大混乱になっている訳です。

 

 県の資料もマスコミの報道も詳しく読めば、そのことは書いてあるのですが、やはり情報不足、説明不足であることは間違いありません。

 

 さらに、「多島美」を誇る瀬戸内海への津波は、アチコチの島々に衝突し様々に角度も速度も変わったものとなりますし、鳴門海峡と豊後水道の両方からの津波が到達する地域(岡山県西部)は、いっそう複雑な被害を生むことが予想されます。

 

 日本国民の脳裏からしがみついて離れない3.11三陸大津波とは異なる「瀬戸の岡山の津波」の全体像を正確に描き出し、「どう逃げ切るか」の対策を徹底する冷静な議論が求められているのではないでしょうか。


理論西村.jpg11年前の鳥取県西部地震の際、岡山県内での被害は、鳥取県に隣接する新見市千屋地区と岡山市曽根地区でした。はるか離れた曽根地区で農家が規則正しい線上に倒壊していたのをみて、私は「原因は澪筋」(川や海の中で船の通れる水路となっている深み)論を唱えました。かつての「澪筋

」に沿って家屋が倒壊していたからです。

 

しかしその「澪筋」論は「なぜ一直線で家屋倒壊が発生したのか」の説明にはなっても、「鳥取県が震源地なのに、なぜ曽根の澪すじが崩れるのか」の論証にはなりませんでした。

 

その疑問に見事に答えてくれたのが、理科大学の西村教授の「地震基盤」論だったのです。それは「震災分布の原因を明らかにするには、表層の工学基盤だけでなく、深い岩盤である工学基盤の構造にも目を向けなくてはならない」というものでした。

 

この理論は、決して西村教授の個人的見解ではなく、阪神大震災から日本の地震学界が学んだ教訓であり、既に大都市部では、この理論に基づいて防災対策が進められています。県内でも3.11以降マスコミ各社が盛んに取り上げており、ご承知の方も多いと思います。

 

我が党の地方議員は、県議会、岡山市議会、倉敷市議会の6月議会において、この知見を踏まえた「地域防災計画の見直しを」と論陣を張りました。当局の方も「検討する」との答弁もあり、研究が始まった自治体もあります。

 

最新の科学的な知見に基づく議論がいっそう進むよう期待しています。

 


「なでしこジャパン」の「フランクフルトの奇跡」の興奮が覚めやらぬ24日、岡山もサッカー熱で沸き返っていました。

 昼は、美作サッカー場で「宮間・福元」が加わった湯郷ベルの試合が、そして夜は岡山の「カンスタ」でファジアーノの試合が、それぞれ多くのファンの熱烈な声援を受けながら開催されたのです。

大のサッカーファンの私も、ファジアーノの試合に駆けつけ、8000人を超すサポーターと一緒に声援を送りました。

 

スタンドでファジアーノのプレーに一喜一憂しながら、「なでしこジャパン」の快挙に思いを馳せて色んなことを考えさせられました。

プロのスポーツチームが、チームを維持強化していくことは、筆舌に尽くしがたい様々な困難があります。こうしたプロチームは、単なる一企業ではなく 社会的・公共的な存在であり、官民挙げての社会的・公共的な支援が求められています

 

とりわけ「女性選手がスポーツで生きていくこと」は男性以上に困難があります。その困難を乗り越えた選手たちが、「フランクフルトの奇跡」を生んだのです。

彼女らは、「試合を諦めなかった」だけではなく、仕事と生活を続けながら「サッカーをする」こと自体を諦めなかったのだと思います。

 

 湯郷ベルへの岡山県の助成額は年間300万円・・・金額が多いか少ないかの評価は別にして、彼女らの「諦めない挑戦」に大きな声援を送ろうではありませんか。

  ファジ.jpg


32日に起きた米軍機の低空飛行による津山市の民家土蔵崩壊事件に関して、中国地方の日本共産党代表の皆さんと一緒に、広島にある中国四国防衛局に対して申し入れを行いました。(申し入れ文書は、ホームページの「政策・見解」に掲載)

 

防衛局の答弁は、土蔵崩壊事件については、未だ「因果関係を調査中」ということで全くの進展なく、不誠実な態度に終始しました。

 

低空飛行が騒音、振動等様々な被害をもたらしていることについて、我々が「日米合意違反」と指摘していることに対して、防衛局は「米軍は自らの調査の結果、合意を守っていると発表している」として「米軍の見解を信じている」と言い切ったのです。

 

これは、飲酒運転をしている犯人が「していない」と言っているのを信じるといったのと同じで、全く話になりません。

米軍機はアメリカ国内を低空飛行する際には、環境アセスを厳格に行い、「人畜草木に至るまで被害を与えない」ことを明らかにして低空飛行しています。

防衛局の態度は、日本国民を「人畜草木」以下に扱うものであり、国辱的な姿勢以外の何ものでもないのではないでしょうか。

 

低空飛行問題は、人道的な問題であるとともに、この国の政治のあり方の根本を問う問題でもあると実感させられた交渉でした。

 

広島防衛局.jpg申し入れ文書はホームページに掲載http://takeda.m-cast.jp/


毛無し山をはじめ県内の山を歩くのが私の趣味の一つだったのですが、選挙や体調の関係で2年ばかり休んでいました。選挙後も横着を構えていましたが、山登りの大先輩から進められ、恐るおそる岡山市内の里山を歩き始めています。

 

 7月に入り、竜の口、新庄山、操山と散歩がてらに歩いてみると、以前よりかはペースダウンしていますが、何とか平均ペースで歩けそうです。何よりも、里山の頂上からの見晴らしの素晴らしいこと・・。

 

 この夏、しっかり汗を出して、秋には大好きな毛無山へ・・と秘かに狙っているところです。 IMG_0521.jpg


原発事故が起こった当日、東電の勝俣会長は、マスコミ幹部を引き連れて中国旅行をしていたことをご存知でしょうか。旅費は一部を東電が出した「接待旅行」です。

 

 720日に開催された外国特派員協会で講演した志位委員長は、このことを指摘し、マスコミも含めた「原発利益共同体」の存在を明らかにしています。

 

 「原発利益共同体」に大手マスコミが加わった経緯について、志位委員長は次のように述べています。ここでは、その一部を紹介しますが、マスコミのあり方に関していろいろ考えさされる指摘です。

 

・・(原発推進の)大型広告が「朝日」から始まったのは、(電力業界側が)「朝日」がそのような新聞(リベラル)だと一般に見られていたことを考慮してのことだと思います。しかし、そこからはじまったことは事実なのです。「読売」がそれにつづいたのは、「読売」の社長だった正力松太郎氏が、原発を日本に導入した責任者(初代原子力委員長)だったという関係があったようです。「朝日」「読売」に定期的に広告が掲載されるようになると、「毎日」も広告を出してくれと要請します。当時、「毎日」は、原発に反対するキャンペーン記事を紙面に載せていました。そこを突かれて、「毎日」は電力会社側からこういわれます。「反対が天下のためになると思うのなら反対に徹すればいいではないか。広告なんてケチなことは、どうでもいいではないか」。そういわれて「毎日」は、原発の記事は慎重に扱うと約束し、原発の危険性を伝える企画も取りやめとなりました。

 こうして日本の大手新聞を総なめにしたというのが経過です。それらの新聞のなかには、福島原発の事故後、原発の危険を伝える報道を始めているところもあります。この変化自体は、良いことです。しかし、自分たちの果たしてきた歴史への反省は必要です。それは国民に対して、また事実に対して誠実な報道機関なら、当たり前のことではないですか。

 

そのことを、私は、一言いっておきたいのです・・・・・・・・


夜待①.jpg県下の夏祭りと花火大会のトップを切って、15日は西大寺水門の「亀岩祭り」、16日は西大寺観音院の「夜待ち祭り」が開催され、多くの人で賑わいました。
 私も孫を連れて「夜待ち祭り」に出向きましたが、観音院の境内は中学生、高校生をはじめ若い人でムンムンする熱気に溢れていました。また、大勢の方が「東日本の被災者へのお悔やみとお見舞い」を念じて合掌されていました。

 「夜待ち祭り」は観音院のホームページには次のように紹介されています。
「天正年間(1573~1591)に行方不明になった宝木が、本堂に参拝に来ていた信者の前に突然落ちてきた。それを家に持ち帰ると、大変おかげを得て子孫繁栄した」この後、信者は豊作のおかげを頂き旧暦の6月17日、お寺へお礼参りに行った。翌日が18日の観音様のご縁日で、そのおかげを頂けるよう"夜まで待った"ことから始まった」
 「夜待ち」の名前は、この外にも「男と女の夜待ち」話もありますが、いずれにしても、「冬の裸祭り」の西大寺の熱い夏は、この「夜待ち」から始まります。


日生 原発.jpg6月26日付の「いのしし日記」で紹介した「日生原発計画」阻止闘争の経緯をまとめた文書をホームページにアップしました。日本共産党日生支部の新聞「新星」2011年7月号に掲載されたものです。

 当時の時代の制約で九電の「やらせメール」はありませんが、日生町3000世帯の全世帯を対象にした「敦賀、美浜への一泊二日旅行」に1000人が参加し、1000万円を中電が負担した話しなど、「本格的な住民工作」の話しも出てきます。

 さらに、原発反対の漁民集会とデモには、共産党、社会党とともに、元浜県議(後の自民党県連幹事長)の名前も・・。

 漁協の県議会陳情書も今から見ても中々のレベルです。ぜひご一読を。

経過を書いた文書はホームページの「政策見解」に掲載http://takeda.m-cast.jp/


各方面で、自然エネルギー問題が真剣に議論されています。そうした中、先日の新聞報道で「石井知事が会長、ソフトバンクの孫社長」のコンビで、「自然エネルギー協議会」が結成されたことが報じられました。

 

 もちろん私は、こうしたプロジェクトに関して「官」と「民」が協力し合うことが必要と考えますし、今回の協議会設置が国と地方の自然エネルギー転換にプラスになることを期待しています。

 

しかし、やはりいくつかの疑問を抱かざるをえません。

その1.孫氏のソフトバンクが自然エネルギーにいくら熱心であっても、一企業と組むことによって、国と地方挙げての取り組みに支障はきたさないのか・・。

その2.自然エネルギーの特徴は、大企業ではなく「住民参加」型である、という点です。その意味で、地方の仕事は、その「住民参加型」に目線をおく必要があるのではないか・・。

その3.会長は「公平を期す」立場にあり、会長となることにより「メガソーラー誘致」を岡山誘致を進めることが出来なくなるのではないか・・。

その4.岡山県がこの春に策定した「新エネルギービジョン」の中で、今回の動きはどのように位置づけられるのか。

 

福島原発事故の関係で自然エネルギーへの転換が求められる中、県民参加型のエネルギー政策を進めるためには、もっとキチンとした議論が必要ではないかと、思っています。


 714日、我が党の主催で、「原発問題学習会」を開催しました。613日に日本共産党中央委員会が発表した「原発からのすみやかな撤退、自然エネルギーの本格的導入を」の提言についての学習会で、講師は、中央本部でこの「提言」に携わった鈴木剛氏(原発・エネルギー問題対策委員会)です。

 

 鈴木氏は、「提言」が指摘している「安全な原発などない・・これを許容してよいのか」に関して「4つの角度」から指摘しました。

 その1は、原発事故には、他の事故に見られない「異質の危険がある」ことです。放射能の危険は「空間、時間」を超える被害であり、社会的にも人間の生存そのものを脅かす危険なものです。

 

 その2は、今の原発技術は本質的に未完成で危険なものであることです。その3は、世界有数の地震国・津波国に集中立地することの危険性です。そして、その4として、福島原発事故によってこれまでの「安全神話」への固執が深刻な結果を呼んでいることです。

その上で、政府が原発から撤退を決断し、5~10年以内に「原発ゼロ社会」へのプログラム提言をしています。

 

もちろん自然エネルギーへの転換への道のりは、簡単なものではありません。しかし、「原発はもう許容できない」という立場で決断をすることが求められているのではないでしょうか。

 「提言」は私のホームページにも掲載されています。ご一読ください。 原発政策学習会.jpg


今日13日に開かれた「武田さん県議20年 感謝の集い」には各界から、会場から溢れんばかりの200人を超える方々が集まってくださいました。

 こういう場所を段取りしてくださった「呼びかけ人」を始め、参加いただいた皆さんに心から御礼を申し上げる次第です。

 

 有難いことに、顔ぶれも、県議会から自民党、公明党、民主党など全会派、県当局から全部局の部長クラス、県議会担当の財政課からの参加、岡山県医師会からは医師会長と専務、商工会議所、商工会連合会などからは専務がご参加いただき、身に余る光栄でした。

 

また尊敬する笠木透さんも駆けつけ、名曲「私に人生というものがあるなら」を一緒に歌う機会をつくってくれました。

 

 私は挨拶の中で、県の副委員長として、政治活動を続けていくことを表明し、「公約は選挙のためではなく、政治家を志した以上、議員を辞しても公約を実現することに力を尽くすのは政治家の責任」と決意を語りました。

 

 本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。 感謝の集い.jpg


九電の「やらせメール」問題、管政権の右往左往などを見ていると、現在の政治は「放射能のコントロール不能」どころか、「企業のモラル」や「政権の機能」のイロハもコントロールできないままの状況です。

 

 そうした中、わが党が原発の危険性を指摘し続けてきたことや、福島原発事故を踏まえた「原発ゼロ」提言、九電の「やらせメール」の暴露など日本共産党の原発政策に、興味と関心が寄せられています。

 

 そこで、党本部から、今回の「原発ゼロ」提言をまとめたチームのメンバーを招いて緊急学習会を開催します。

 7月14日(木)午前10時から12時、岡山市津島の岡山労働福祉事業会館にて。

 

一度、私たちの提言をお聞きください。そして一緒に、考えてみませんか。

 


10日、「平塚らいてうの会」会長の米田佐代子さんの講演会があり、勉強に出かけました。平塚らいてうは、「元始、女性は太陽だった」で有名な女性解放運動の指導者で、日本最初の女性による女性のための文芸誌「青鞜」を発行した人です。

 

 今年は、その「青鞜」の創刊百年にあたります。幸徳秋水らを無実の罪で死刑にした大逆事件からも百年にあたります。米田先生は、「青鞜」の百年が問い続けてきたものが、「平和」であること、そのために「いのちを生みだす母親」の役割を強調されました。

 

 以下、平塚らいてうの「人類に一つ言葉を」から・・・・「わたくしたちは、いつでも現実を視る鋭い眼と、遙かな未来を見透す長い眼と、心の内側を凝視する、かつて瞬きをしたことのない深い眼と・・この三つの眼をもって生きたいと思います」

  米田先生.jpg


 71日に6月定例県議会が閉会しました。この議会の様子や、日本共産党県議団の活躍ぶりについては、この「いのしし日記」で報告しているところですが、この度、森脇県議団長が「6月定例県議会を終えて」という談話を発表しました。

 

 議会閉会直前に持ち出されてきた「国旗・国歌」意見書問題を含めて我が党の見解がコンパクトに表明されており、6月議会の全体像を理解するうえでも、参考になります。

 

 県議団と私のホームページに掲載していますので、ご覧ください。


岩手 大槌町.jpg私たちが連続して行っている東北支援ボランティア活動において、「最大の心得」としていることは「押し付けのボランティアにならない」ということです。出発式の挨拶でも「勝手に熱くならないこと」を強調しています。

 

 現地の人にとって、他所から来て「何かさせてください」と言われるのが一番面倒くさいのです。「私たちは被災者であって、ボランティアの世話をしているのではありません」と指摘されたこともあります。

 

 被災地と被災者に寄り添い思いやり、「自己完結型」の支援を効果的に行うこと・・これを私たちの鉄則としています。

 

そんなことを繰り返し肝に銘じながら東北支援に取り組んでいる折、耳に飛び込んできたのがあの「松本大臣の発言」でした。その品性の低劣さ・・そんな彼を「三顧の礼」で頼み込んだ総理のお粗末さ・・。

 

しかし、それでも東北は必死に頑張っています。先日ボランティアに行った早島町の真鍋町議の報告書には、「ひょっこりひょうたん島」の歌詞を書いた大看板の写真が掲載されていました。

 

苦しいこともあるだろさ、悲しいこともあるだろさ・・だけど僕らはくじけない・・

 


6日、県議団の米軍の低空飛行問題での真庭市勝山から美作市大原一帯の調査活動に同行しました。62日の県議団による津山市の土蔵倒壊現場の調査に続く調査です。

 

 勝山では問題の3月2日に、真庭市役所勝山支所の2階ベランダにおいて、支所の上空を飛ぶ米軍機の現場を見た職員の方の説明を受け、さらに美作市大原においては東から西に低空を飛ぶ米軍機を見た方の説明を受けました。

 

 また、津山市では、末永市議、土蔵倒壊の被害者である井口さんの同席のもと、宮地昭範市長と懇談し、井口さんの被害補償と低空飛行の中止めざし、力を合わせる点での意見交換を行いました。

 我が党としては、この調査を踏まえて、7月中に広島にある防衛局に申し入れを行う予定です。

 

 それにしても、車では約2時間かかるこの距離を、衝撃波と爆音を轟かせながらわずか数分で飛び去る米軍機・・身の毛のよだつ思いでした。

  低空飛行 勝山 縮小.jpg


71日、東区の後援会のみなさんを中心に「武田さん 県議20年 ありがとうの集い」を開催していただいたところ、150人に及ぶ方々に参加いただきました。心からお礼を申し上げる次第です。

 

 とりわけ嬉しかったのは、西大寺小学校・中学校に渡る恩師である岸野洋介先生が駆けつけてくださり、「よく頑張った。これからも健康に気をつけてみんなのために歩み続けよ」との檄をいただいたことです。

 

 「お礼の挨拶」でも申し上げましたが、「吉井川の産湯で育った」といっても言い過ぎではない自分にとって、西大寺をめぐる様々な問題は、私のライフワークでもあります。苫田ダム、下流の赤潮と海苔の色落ち、西大寺を流れる砂川、秋芳川、干田川、千町川の防災対策は生涯の仕事とも考えています。

 

 また、先の選挙では、惜しくも石村さんにバトンタッチができなかった悔しさに触れ、石村さんを今後、若い女性政治家として育てていただくことをお願いしました。

 

 最後に、「議員を辞めたから暇になっただろう」と逆に忙しくなっている毎日の生活を紹介しながら、バッジを外したこれからも東区のみなさんと一緒に歩んでいく気持ちを述べさせていただいた次第です。

  武田英夫 県議20年 ありがとうの集い③.jpg


 630日、岡山県被爆社会の慰霊祭と総会が開催され、新県議の氏平さんと一緒に出席しました。

 参加されている被爆者の中に、現在原爆症認定訴訟を戦っている川中さんがおられ、挨拶をさせてもらいました。

 

 「川中裁判」というのは、倉敷市の川中優子さんが訴えている新たな原爆症認定訴訟のことです。相次ぐ原爆症認定訴訟の原告勝訴を受けた政府は、原爆症の認定を一定改善はしましたが、逆に「3.5km以上の被爆者を排除する認定」が続いており、その不当性を訴える裁判です。

 

 私は挨拶の中で、川中さんにエールを送る意味で次のように発言しました。

 

 ・・・・被爆者の方もおそらく、この地球上で再び「被爆」という言葉を聞こうとは思われなかったでしょう。そしてまた「被爆認定」という言葉もそうです。しかしこれほど曖昧な言葉はありません。福島では半径3キロの同心円がどれだけ実態に合わないものか・・みんな知っています。3.5km以上の被爆者を排除することの愚かさもそうです・・・・・・・・・・・・・・


選挙後初めてという意味でも、東北大震災後初めてという意味でも、極めて重要な意義をもつ6月定例県議会が、終わりました。日本共産党県議団からは氏平みほ子県議が初質問、森脇県議が最終日の討論を行いました。

 

 三人から二人になり、大変だったと思いますが、氏平新県議の堂々たる論戦も含めて、県民の付託に応えた大奮闘だったと思います。

 

 原発、震災などとともに、議会改革問題、さらに最終盤に急きょ持ち上がってきた「国旗・国歌問題」などが議論されています。

 森脇県議の「反対討論」を掲載していますので。ご覧ください。

 

森脇県議の「反対討論」はホームページの「政策・見解」に掲載http://takeda.m-cast.jp/


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