2011年8月アーカイブ

南部富士 岩手山

|

啄木が愛した岩手山は、啄木の故郷である渋民からはもちろん、盛岡からも、八幡平からもそれぞれ姿を変えて悠然とそそり立っています。
「裾野が広大な樹林に覆われ、そこから発生する水蒸気で夏場は雲が多い」と地元の人が説明するように、結局、雲のない岩手山を見たのは、ほんの一瞬だけ。携帯のカメラで写したのは、八幡平からだけでした。

 「南部富士」といわれるだけあって、その雄大さはさすがです。

南部富士.jpg


 震災のために延期されていた被災地の選挙の投開票が28日に行われ、盛岡市で全員当選、政令市の仙台市も全員当選。津波被害で町長が死亡した大槌町では日本共産党が支持する候補が町長に当選、さらに、同日投票の岩手・宮城両県の町議選挙でも全員当選を果たしました。

 私が応援に入っていた盛岡市の鈴木努氏も得票を増やして見事当選、全国2期目最年少市議となりました。

 「復興の今後を決める選挙」として大切な選挙だけに、責任の一端を果たせてほっとしているところです。岩手県は先週から知事選挙が始まっており、この金曜日から県議選挙も戦われます。見ておきたい(見ておかねばならない)被災地もあり、岡山に帰るのは週末になりそうです。


 

 「えっ、未だ辞めてなかったの?」・・管総理辞任表明への盛岡市民の感想です。5人が立候補するらしい代表選挙に関しても全く無関心ですが、その理由は「代表選挙の本質」に関するものを孕んでいるようです。

 

 その一つ。5人の候補者の議論から被災地へのメッセージが全く伝わってこないからです。

さらにもう一つは、「小沢詣で」への不快感です。

 

 ご存知のように、岩手は「小沢王国」、「民主党の天下」です。知事も民主党、県議会の多数も民主党で、民主党の県知事が、民主党の県議と連名ポスターを貼りめぐらし露骨な応援を繰り広げています。業界団体が小沢事務所に陳情に行くと「管が総理を辞めない限り何も進まない」と突き帰されたという話が飛び、県議会でも民主党が「管総理辞任決議」を多数決で上げています。

 被災地の声を後回しにし、政争に走る岩手民主に県民の批判の声は大きいものがあります。

 

 事務所で私が、「岡山の民主党もボロですけれど、岩手の民主党もワヤですね?」と質問すると、事務所の人から「自民党の一番悪っこが民主党をつくってんだべざ。あたりまえだ」との答えが返ってきます。

余りに判りやすい答えに、私も「うんだ、うんだ」と。

 

写真は、盛岡市役所の対岸にある蔵屋敷、川は北上川の支流の中津川。こうした歴史的な建造物の保存も市政の大きな争点になっています。http://takeda.m-cast.jp/

  なみ街.jpg


asaiti.jpg「大船渡港、さんまの初水揚げ」「岩手県、牛肉の出荷停止の解除」・・・25日の「岩手日報」の一面には、明るい見出しが並びました。喜んでいる矢先に、関係者から深刻な実情が飛び込んできます。

「魚も牛も価格が落ち込んでおり、これでは続けていけない」・・311日以降の営業ストップと風評被害による経営悪化は、依然として暗い影を落としています。

 

こうした中、岩手県と宮城県の県都の市議選挙が今日投開票です。

私が応援に入っている盛岡市議選で我が党は、定数38に対して5議席の確保をめざしていますが、その顔ぶれは10期目をめざす最長老から全国最年少市議まで多彩です。

 そして中々の政治力・行動力があり、選挙中の市当局との交渉で「市内の全ての小・中学校、幼稚園、保育園の検査実施」を実現しています。

 

 一方、選挙公報をみると47人の立候補者のうち、原発・放射能に触れているのは我が党の5人を含めて7人のみ・・・他の40人は全く触れておらず、まるで電力会社に封印されたかような異常な状況です。

 

原発と放射能問題、復興のあり方が問われる選挙の結果を全国が注目しています。

 

写真は、候補者といっしょに朝の挨拶に行った神子田の朝市。組合立の朝市としては全国最大の規模で、土曜日は3000人近くで賑わっていました。http://takeda.m-cast.jp/

 


東北は一気に秋に

|

3.11の「余震」なのでしょうか、東北では地震が頻繁に発生しています。夜中に飛び起きたこともありますし、岡山の家族から「いま地震が起きたでしょう。大丈夫?」との電話も・・。しかし盛岡の人々は「慣れっこです」と悠然としたままです。

 

東北の子どもたちの夏休みは短く、盆明けには一足早い始業式でした。田んぼは黄色を帯びてきており、稲穂が垂れ、その上を赤とんぼが飛び交う光景が目に入ります。

 

寝る際には掛けぶとんが必要になり、毛布を用意した人もいます。気がつけば周囲はみな長袖姿、半袖しか持って行っていない自分が奇異な感じです。

何よりも候補者カーは、暖房をガンガンつけっ放しの走行です。

 

 お盆の盛岡に着いて9日目、東北は一気に秋を迎えています。カゼをひかないように気をつけています。 田んぼ盛岡の.jpg


震災で延期されていた東北の県都の選挙がスタートしました。「3・11」の現場からの審判は、今後の日本の政治と社会を占う重要なものとなります。

 

盛岡に来て痛切に感じるのは放射能被害に対する住民の「とまどい」「不安」「恐怖」です。「大人の洗濯物は外で干しても、子どもの洗濯物だけは部屋の中で干す」「水道水は不安で飲めない。全てペットボトルにしている」などの声が聞こえてきます。とりわけ、子どもたちへの影響に多くの人が不安を募らせています。

 

しかし、なぜか自民党など保守の候補は誰も放射能問題に触れないままですし、民主党の公認候補者は事務所やポスターから「民主党」の名前をきっちりと消し去り、「未来への責任」は声高に叫んでいますが、「いまそこにある危機」には口を閉ざしたままです。

 

マスコミも、「投票率は低い」といい、有権者の反応もそういう感じです。震災後の内閣と国会の状況が政治不信を増幅している感もします。

 

有権者が何を思い、何を求めているのか・・しっかりと耳を傾けたいと思っています。 出陣式.jpg


14日は「盆の迎え」の「黒川さんさ踊り」、16日は「盆の送り」の「船っこ流し」・・全国的にも有名な盛岡の祭りも、今年は震災の物故者への思いが重なった鎮魂の日でした。議員のつとむさんも、選対メンバーもその「祭り」の担い手として活躍しており、この日は「活動中断」です。応援に入っている私も否応なしに見物の輪の中に・・。

 

 「盆の迎え火」が並ぶ街並みを練り歩く「黒川さんさ踊り」は、テレビで見る派手な「さんさ踊り」とは由来も異なる抑えた調子の「男踊り」です。「船っこ流し」は北上川の川面に地域の各町内が造った船を浮かべて、炎上させる「盆の送り火」の意味をもつ祭りとのこと。私も合掌し冥福を祈りました。 ,船っこ.jpg


 牛の牧草からセシウム検出、啄木の生誕地の渋民小学校校庭から基準値以上の放射能、南部牛の産地・岩手で出荷停止・・深刻なニュースが飛び込んでくるなか、岩手県盛岡市で選挙の応援に全力投球しています。被災3県では唯一県知事選挙と県議選挙(9月11日投票)が行われる岩手県の盛岡市にて、この28日投票の盛岡市議選挙の応援です。

 

 日本共産党が公認している5人のうち私が応援に入っているのは、若干29歳で2期目に挑戦する鈴木務(つとむ)市議の選対です。「つとむさん」(鈴木姓が多いのでみんなこう呼んでいます)は、4年前の立候補表明の際は24歳、当選時は全国最年少議員の一人として注目された若者で、身長は私より4センチも高く、高校時代は水泳の選手だったというスポーツマンです。

 

 岡山に負けないくらい暑さの中、息子のような若者といっしょに演説に取り組んでいます。盛岡市は東北の中では震災被害が比較的少なかった地域だそうですが、有権者の半数の方が被災者の関わりのある方とのこと。原発と放射能のこと、防災と福祉の街づくり問題など「正面からの問い」に答えながらの活動となっています。

 

 つとむさんの事務所の壁に貼ってある写真には、次のようなメッセージが書かれていました・・・・「チョー悲しくなんかない」「しおれてちゃ男がすたる」「かわりに見つけた宝物」「余計な言葉はいらない」「一つ一つ咲かせるよ」・・・晩夏の盛岡は熱い戦いになりそうです。

 

写真は、事務所の前で「つとむさん」と一緒に写したもの  つとむさん.jpg

残暑見舞いと東北行

|

残暑お見舞い申し上げます。これからも蒸し暑い日が続くとのこと。くれぐれもご自愛ください。

私は、明日から岩手県盛岡市に行ってきます。6月の初めに岩手県宮古市に行ってから2度目の東北行きです。今回は、震災ボランティアではなく、盛岡市議選の応援がメインです。

東北では大震災関連で延期になった選挙が目白押しです。盛岡市もその一つで、市議選が21日告示、28日投票で行われ、その間に県知事選挙が告示され、9月には県議選挙も控えています。

自ら被災しながら献身的に活動する我が党の議員のみなさんの訴えを、多くの有権者に伝えながら、真の復興の道を切り開いていく活動の一助になればと思っています。

そして、大震災の被災地の有権者が何を考え、何を希望しているのか、原発問題をどう捉えているのか、政治と地方自治の責任は何なのか・・・この目で確かめ、学んで来たいと思っています。

 

 選挙の真っ只中の現地から「いのしし日記」を定期的に配信することは時間的に無理かと考えていますが、折に触れ「復興と選挙」の現場レポートを発信できればと思っています。

 東北も日中は暑いと聞いています。体には気をつけて頑張ってきます。岡山に帰ってくるのは8月末か9月はじめの予定。それではまた。


日生町鹿久居島への原発建設計画を住民運動で阻止した話は、626日付の「いのしし日記」で紹介しています。同じように原発計画ストップした事例が全国で数多くあることを知っている方は少ないと思います。

私自身、先日初めてしったのですが、「感動モノ」でした。

 

81日に開催されたれ他日本共産党創立89周年記念演説会で志位和夫委員長が紹介したものです。委員長の報告によると・・・

今日まで全国で17カ所の原子力発電所が建設され、54基の原発が存在。しかし、いま立地している17カ所の原子力発電所は、すべて1960年代までに建設されたもので、1970年代以降に新規立地が計画された原子力発電所で稼働までこぎつけたものは一つもない。

 原発立地を断念させた地域は・・新潟県巻町、石川県珠洲市、福井県小浜市、福井県川西町三里浜、京都府久美浜町、京都府舞鶴市、京都府宮津市、兵庫県御津町、兵庫県香住町、三重県紀勢町・南島町芦浜、三重県紀伊長島町城ノ浜、三重県海山町大白浜、三重県熊野市井内浦、和歌山県日置川町、和歌山県日高町、和歌山県古座町、岡山県日生町鹿久居島、山口県豊北町、山口県萩市、徳島県海南町、徳島県阿南市、愛媛県津島町、高知県窪川町、高知県佐賀町、宮崎県串間市。主なものだけでも25カ所に上る。

 

 54基の原発を許したことに反省を込めながら、70年代以降ただの一基も原発をつくらせていない先輩たちの運動に敬意を表し原発ゼロへの転換に新たな意欲を燃やしている次第です。

  日生 原発.jpg


87日、在日本大韓民国民団岡山県地方本部の主催で、第66周年光復節記念式典が開催されました。「光復節」とは、1945815日、日本がポツダム宣言を受諾することによって、朝鮮半島が日本帝国主義の支配から解放された日のことです。

全国各地で、韓国のみなさんにとって日本帝国主義の支配から解放された喜ばしい日で、在日本大韓民国民団が開催しています。

 

 今年の式典に際して、民団から日本共産党岡山県委員会に対して正式な案内状が届き、私・武田英夫が県委員会を代表して出席し、連帯の挨拶を送りました。

 

挨拶の全文はホームページの「政策・見解」に掲載http://takeda.m-cast.jp/ 民団.jpg


「飛行機が落ちるかと思うほど雷のようなゴォーという爆音」「年長組が園庭で遊んでおり、怖がって部屋に走りこんできた」・・・津山市で土蔵崩壊まで引き起こした米軍機の低空飛行問題に関して、津山市教育委員会が市内の学校や保育園への調査に対して寄せられた声です。

 

 これをみると、米軍機が学校などの上空を飛行したことは確かです。しかし、日米合意文書では「学校、病院に妥当な考慮を払う」とされています。

 このことをみても、米軍機が、この「日米合意文書」に違反して飛行したことは明らかです。

 

 先日、中国四国防衛局は、私たちが「防衛局として調査すべき」という求めに対して「米銀は日米合意を守っていると報告しているので米軍を信じている」と答弁しました。

 

 津山市教育委員会の調査を受けて米軍はどうこたえるのでしょうか。日本国民である子どもたちの証言よりも米軍を信じると言い切るのでしょうか。

私は米軍の無法さへの怒り以上に、日本政府の卑屈なまでの対米従属性に怒りが湧いてきて仕方ありません。 低空飛行.jpg


川中優子写真.jpg「私の病気の原因は、原爆であると認めてください」と裁判に訴えている川中優子さんのことは、以前この「いのしし日記」でも触れたことがあります。

 

この616日の岡山地方裁判所の判決で、「爆心から4キロも離れている」として「原爆症」としての認定を認められなかった川中さんは、「旧態然とした国の方針に沿った判決」として抗議し、新たな戦いの決意を固めてこの夏を迎えています。

 

 私が国の言い分に納得できないのは、福島の実態を見てから余計にそう思うようになりました。国や東電のいう「○キロ圏外は大丈夫」という見解の間違いは明らかです。66年前の広島でも「○キロ圏外は被爆していない」は証明できないはずで、あくまで被爆の実態と被爆者の実際に寄り添うことが大切ではないかと思います。

 

 川中さんを支援して、今後も戦い続ける決意をして66年目の広島、長崎を迎えています。

 


宮古.jpg7月には「中休み」をいただいていた日本共産党岡山県委員会の東北ボランティアですが、8月に入り、「毎週金・土・日」のサイクルでスタートしました。

 

 84日の朝出発したメンバーは、5日の朝に宮古市に到着し、さっそく活動を始めています。メンバーからの話によれば、「CDを聞くプレイヤー」の希望が出ているとのこと。

 「テレビもラジオも面白くないニュースが続く中、ゆっくり好きな音楽を聴きたい」との要望が出されているとのことでした。

 

 既報のように我が党のボランティアは、被災者の方々の生活に寄り添って「絆をつなぐ」ことを大切にして取り組んでいますが、今回の「CDプレイヤー」も、仮設住宅で暮らす被災者の思いが伝わってきます。

 

プレイヤーが到着したら、何を聞くのだろうか・・東北民謡なのか、「塩谷の岬」を歌った美空ひばりなのだろうか、さとう宗幸の「青葉城恋唄」なのか、青春時代のボブ・ディランなのだろうか・・笠木透の「私に人生というものがあるなら」もいいけどな・・・そんな思いを馳せながら、第2陣にはプレイヤーを届けるべくアチコチ声をかけている次第です。


真庭市長.jpg日本共産党中央委員会が6月に発表した「原発殻のすみやかな撤退、自然エネルギーの本格的導入を」提言をもって、84日、島根原発に近い真庭市、新庄村、新見市を訪れ、首長さんと懇談しました。

 

どの首長さんも時間をオーバーした懇談になり、「原発の危険性は承知している」「原発との共存は困難」「しかし、自然エネルギーへの転換の目途はどうなるのか」「その見通しが無い限り、原発ゼロとは言いにくい」などザックバランな懇談となりました。

また、「菅政権では何をやってもうまくいかない」と政権への不信感を募らせる発言も異口同音に語られました。

 

 さらに、島根原発を含め県北が歴史的に「地震多発地帯」であることなども意見交換がされ、我が党として今後の岡山県の防災計画の見直しの議論に反映させていくことも約束しました。

 

 いずれにしても、「原発ゼロ」への国民的共同を築く運動をさらに広げていく決意を新たにした県北での活動でした。


今年3月までの私の政務調査費の使途は既に公表していますが、県議の任期最後の月である4月分の政務調査費の公表がこの81日から始まりました。

 私は4月は「地震による液状化被害」調査で千葉県浦安市に出向いたのをはじめ、その「視察報告」ニュースを含めて使った政務調査費を公表しています。議会事務局の扱い分は、「1万円以上の領収書」公表ですが、県議団の控室では「1円以上の領収書」を添付して公表しています。

ぜひご覧ください。


東日本大震災の復興財源に「大増税」計画が盛り込まれていることはご存知の通りです。

 我が党は、大企業が溜め込んだ内部留保を吐き出させ復興財源に充てるよう提案していますが、民主・自民の二大政党は全く耳を貸しません。それどころか、大企業への優遇税制を提案しているのです。

 

 そんな中、ある全国紙に掲載された08年ノーベル経済学賞受賞者のクルーグマン氏のコラムを読みました。そこには大企業への優遇税制への手厳しい批判と、経済再建への道が示されていました。

 

 「米国が直面する問題は、企業の資金不足等ではない。大企業には既に事業拡大に必要な資金がある。連中に欠けているのは、窮地に追い詰められている消費者や支出を切り詰めている政府とともに成長しようという動機なのだ。・・・ロビイストを増やす以外人を雇う気のない大企業に何十億円を与える等、全くもって必要のないことだ。」・・・・

 


2日、長島愛生園の納涼夏祭りに参加してきました。県議生活の20年間、止むをえない事情以外には必ず参加してきており、今年も入所者自治会や入所者の党支部の皆さんに会いたいと出かけました。

 

 今年は、恒例の花火は中止し、そのお金は義援金として東北に送るとのこと。そのためいつもより静かな夏祭りでしたが、それでも多くの地域の方やボランティアの参加で盛況でした。

 

 愛生園も光明園も「将来構想」がまとまり、国・県・市への提案も終わり、これから本格的な議論と具体化が始まるわけですが、国の姿勢は「後ろ向き」「地方任せ」のまま時が過ぎているのが現実です。

 

 昨年の夏祭りでお会いした方が他界された話を聞きながら、一刻も猶予がならない切迫感を感じながら長島を後にした次第です。 愛生.jpg


このアーカイブについて

このページには、2011年8月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2011年7月です。

次のアーカイブは2011年9月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。