2011年11月アーカイブ

大阪市長選挙の結果を受けて、橋下新市長が自分に反旗を翻した市の職員に「市役所を去れ」と発言したり、教育委員に「選挙結果を重く受け止めろ」と恫喝しているとのこと。

 選挙中の争点は「『橋下独裁』か『民主主義』か」でしたが、さっそく「独裁者ぶり」が露わになっています。

 

私たちが「橋下独裁」と呼んでいるその典型は、「大阪維新の会」が大阪府議会に提案している教育基本条例案です。それは、学校教育を知事及び議会の直接的な支配下に置こうとするもので、さらに、知事の目標に服さない教育委員の罷免、教職員への厳しい処罰などの教育への権力統制の体系が盛り込まれています。

 

この条例案に関しては、作家のあさのあつこさんは「上意下達の構造」であり「生きる根っこを切るおそれ」と指摘していますが、全く同感です。

 

フランスの詩人アラゴンの詩の中に「教えるとは希望を語ること、学ぶとは誠実を胸に刻むこと」という言葉がありますが、教育とはこうした本質的に人間的な営みであり、権力的な統制とは矛盾するものです。その意味で、橋下氏の条例案は教育とは無縁なファッショ的なものといえます。

 

選挙の結果を踏まえ「反独裁ストップ」の共同を広げることが求められています。


27日、日本共産党岡山県委員会と県議団、市町村議員は岡山県当局に対して来年度の予算要求を行いました。私も、県の副委員長として総務部関係とのやり取りだけ参加しました。

 

 予算要求の内容は、ホームページに掲載しています。ご覧ください。 予算要求.JPG


懲役36カ月・・長女監禁致死事件の裁判の様子を注意深く見てきました。児童虐待についての関係者の議論も注目してきました。

 

16歳の子どもは死亡し、母親は終始無言のまま・・・母親の苦悩も子どもの苦痛もその心の動きは解らないままの判決に、釈然としないものを感じるのは私だけではないと思います。

同時に、有罪とか無罪とか、罪が重いとか軽いとかではなく、もっと本質的な「母と子」の関係について考えさされています。

 

童謡詩人・金子みすずの詩の中に次のような「こころ」という詩があります。

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おかあさまは おとなで大きいけれど

おかあさまの おこころはちいさい。

 

だって、おかあさまはいいました

ちいさいわたしでいっぱいだって。              

 

わたしはこどもで ちいさいけれど

ちいさいわたしのこころは大きい

 

だって、大きいおかあさまで、

まだいっぱいにならなくて

いろんなことをおもうから。

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 事件の当事者の母と子の「こころ」はどうだったのだろうか・・・想像すると暗澹たる気持ちに襲われてきます。


民自公の三党合意に基づく「拡充児童手当の財源」問題で、民主党政権が地方に大きな負担を求めていることが大きな問題になっています。

国は、住民税の年少扶養控除廃止に伴い地方は5000億円の税収増となり、それを拡充児童手当の財源にすべし、というものですが、議論を聞いていて、国と地方の関係の本

質的な問題を感じています。

 

まず何よりも議論の前提として、「子ども手当は全額国費」という民主党のマニュフェスト違反です。

同時に、「地方税の税収は、地方の裁量で使えるようにすべき」というのが「地域主権」の原則です。地方の自主的な政策課題ではない「拡充児童手当」の財源にするのは、その意味で「地域主権」に逆行するものなのです。

 

「拡充児童手当は全額国費」、「地方の税収増は地方の自主財源として元気な地域づくりに充てる」・・この大原則にたって12月議会でも地方から大きな声を挙げてほしいものです。

 


26日には、日本共産党岡山県委員会主催で「復興増税と消費税増税」問題での学習会があり、27日には岡山県保険医協会主催の県民フォーラム「医療費の窓口負担ゼロをめざして」の学習会が開催されました。

また27日には、岡山県医師会などが中心となって「受診時定額負担」反対で500人規模の集会を開催しています。

 

「税と社会保障の一体改革」といいますが、私には、民主党政権や民・自・公三党合意路線は結局「税も社会保障も悪くする」ものとしか考えられません。

 

アメリカでは「1%の富裕層と99%の勤労大衆」の格差が問題になっていますが、日本でも、輸出大企業は「戻し税」という形で消費税は1円も払わないし、大企業の社長は証券優遇税制で億単位の減税措置を受け、東電の社長は辞任の際に巨額な退職金を受け取っています。「格差の拡大」は日本でも顕著であり、その是正は社会的な課題であるとともに、財源確保の大道でもあると思います。

 


日本共産党岡山県委員会は、この土曜日の26日、「野田内閣の消費税増税・復興増税を斬る・・日本共産党の財源提案」というテーマで学習会を開催します。

 

講師は、日本共産党中央委員会政策委員会の垣内亮氏で、中央委員会きっての税制・財政通です。内容は、「復興増税の問題点と原発埋蔵金にメスを入れた日本共産党の提案」「消費税増税の本質をえぐる」「日本共産党の財源提案」「日本の財政再建をめざして・・ギリシャ問題などに触れながら」の4本柱です。

 

この土曜日26日の午後130分~ 岡山市勤労者福祉センターで。タイムリーな内容です。ぜひお誘い合わせてご参加ください。

 


21日国会において第3次補正予算が成立しましたが、日本共産党は反対をしました。「東日本大震災の復興に関する予算になぜ反対するのか」との声も寄せられていますので、反対の理由を記しておきます。

 

 その1.復興の償還財源を所得税、個人住民税など11.2兆円の庶民増税としていることです。一方、大企業には法人税の5%減税を恒久的におこなうもので、12兆円の減税規模です。庶民増税分は大企業減税で消えてしまう計算となり、復興に回るお金は1円も生じません。

 その2.復興の予算も極めて不十分です。「復興」の名目で庶民増税をし、それを大企業減税に回す・・・その結果、例えば除染費用は10兆円規模の財源が必要なのに、来年度予算を含めても10分の1の1兆円規模しか予算を組んでいないのです。

 

 日本共産党は、財源問題を「一般の復興」と「原発災害対策」の二つの柱に分け、一般の復興財源は、大企業・大資産家への減税バラマキの中止と歳出の浪費にメスを入れる、原発災害対策は原発で大儲けをしてきた「原子力村」企業の負担とるす・・・という提案をしています。


災害のために延期されていた岩手・宮城・福島の三県の地方選挙が、9月岩手、10月宮城、11月福島と連続して行われました。

 

 いのちと安全、原発問題などが問われている選挙で、日本共産党は被災者に寄り添う活動を繰り広げながら、住民の命を守る政治、原発ゼロへの転換を訴えました。

 その結果、岩手1が2に、宮城2が4に、福島3が5に、合計6議席が11議席に大躍進しました。

 

 日本共産党の活動と存在意義を多くの被災住民に理解していただいた結果であり、応援に行った者の一人として、喜びと確信をひろげているところです。


毎日新聞の「近聞遠見」で有名な岩見隆夫氏の「演説力」という本を読みました。サブタイトルが「分かりやすく熱い言葉で政治不信を吹き飛ばせ」とあり、「演説復権による政治再生」を願う著者の思いが伝わってくる本です。

 

 内容の全てをお伝えすることは出来ませんが、岩見氏は「いまの演説の質を落としている理由」として、「テレビ時代」を挙げるとともに、「演説よりも握手」という選挙をめぐる風潮を挙げています。

そしてこう指摘しています・・・「文を練ることによって政治の質が保たれることをいまは忘れている」・・。「選挙は握手」と演説を軽んじ、文を練らない政治家が政治の質を下げていることへの痛切な批判です。

 

 岩見隆夫氏は「近聞遠見」で「政治家の質」を繰り返し論評されており、その際絶えず「言葉の大切さ」を指摘されています。私もその教えに習い、「演説=言葉の力で人の心を捉える」ことに政治家として全精力を費やしてきたつもりです。

 

議員を辞めて演説の機会は極端に少なくなりましたが、それでも「キチンとしゃべる」ことに神経を使っています。またこの「いのしし日記」は「文を練る」場と考え書き続けています。

それが議員のバッジは外しても、「政治家としての自分の質」保つことだと考えています。

 

 261ページのボリュームある本ですが、党派を問わず政治を志す人は是非一読して欲しいと、願っています。 演説力.jpg


 盛岡から宮古へ越す「区界」の峠は凍結して危険ということで、私たちがこの6月から取り組んできたボランティアも最終段階を迎え、この181920日は岡山から5人が宮古に行きました。

 

彼らは、車での20時間の移動の疲れも苦にせず、青空市、在宅被災者訪問に大活躍したとのこと。とりわけ、今回は特別に同行したマッサージ師のAさんが大活躍。19日一日で16人のみなさんのマッサージ・整体を行いました。

被災者の方からは「腰が伸びた!うれしい」「体が軽くなった!」などの声が出され、「たいしたいがった(とても良かった)」と喜んで帰られたとのこと。

  被災者支援の暖かい輪が寒さの中でも繰り広げられています。

  宮古マッサージ.jpg


19日岡山大学津島キャンパスで、日本科学者会議主催の「震災と地域の再生」研究会が開催されました。

元島根大学副学長の保母武彦先生をはじめ各地で活躍する科学者・研究者が集い、阪神・淡路大震災や鳥取県西部地震における地域再生の取り組みや、現在の東北での町興しの取り組み、原発問題と地域の再生などについて真剣な議論がされました。

 

私も、「震災支援活動から見た地域再生」のテーマで報告する機会があり、この「いのしし日記」で発信してきたことをまとめて報告しました。

 

どの先生の報告も「さすが」「なるほど」とうなづくことばかりでしたが、とりわけ保母先生が「地域の再生にいま必要なのは『地域の復興』とともに、『科学の復興』、そして『政治の復興』」であると指摘されたのは、痛く実感させられました。

 

(写真は各先生方の膨大なレポートJSA.jpg


ちょっぴり自慢話をさせてください。

 先日、国立国会図書館から拙著「この旗を掲げて」を国会図書館の「単行資料として受け入れる」との通知がありました。関係者から聴くと、図書資料として蔵書されるということです。

 

 全国の地方議員が個人として出版した物が、国会図書館に蔵書されるのは稀とのことで、嬉しい限りです。

 

 なお、議員20年間で出版した以前の3冊も同様に保存されているとのことです。

「この旗を掲げて」以外の本の題名は次の3冊です。

・「県政のゆがみをただす : 武田英夫・県議会議員八年の記録」

・「武田英夫のぶらり訪問

・「武田英夫の『いのしし日記』 : 県民の心によりそう : 岡山県議会4期目の活動とユニークな国際交流の報告」

 

少し自慢話をさせていただきました。 本.jpg


「万里の長城」と称された宮古市田老の堤防・・・3.11の津波がそれを超えて田老の街を飲み込んでしまったことは皆さんもご存じの通りです。

 

私も6月に田老を訪れた際のショックを「これは戦場だ」とレポートしましたが、高さ10メートルの鉄壁の堤防を押し崩して、丘の上まで駆け上がった津波の惨状はまさしくそれでした。

 

その後、マスコミ上でも多くの専門家がこの「巨大堤防」の効果の有無を議論しています。私の意見を先に言わせて貰えば、「全く無駄な手堤防だった」論にも同意できないし、「意義ある堤防だったが、津波が想定外だった」の意見にも同意できないのです。

 

その点で、私の興味を引いているのは「失敗学」で有名な畑村洋太郎氏(政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会委員長)の「『想定外』を想定せよ」で紹介されている「田老の防潮堤の思想」です。

 

私のホームページに、畑村氏の本に掲載されている田老地区の地図を掲載していますのでそれを見てほしいのですが、今回壊れたのは1979年に完成した新しい堤防です。1958年の古い堤防との違いを畑村氏は指摘しています。

 

「新しい堤防は津波に直角に抗するように建設され、古い堤防は津波に斜めにいなすように建設されている」・・「古い堤防の内側の道路は角切りをし、避難をしやすくしている」・・

古い堤防は、津波をいなすとともに、逃げることを前提にしており、新しい堤防は、津波を「断固防ぐ」構えとなっている・・・新しい堤防が壊れて甚大な被害を招いたことは意味深いと思うのです。

 

いずれにしても、「現場で感じること」を大切にし、いろんなことを単純に決め付けずに「複眼で見る」ことの大切さを感じています。 田老.jpg


宮城.jpg13日投票の宮城県議選挙において、日本共産党は、政令市である仙台市で引き続き下乳2議席を確保するとともに、宮城県最大の被災地である石巻市で初議席を獲得、さらに甚大な被害を被った定数2の塩釜市でも初議席を獲得しました。

 

 被災者に寄り添った献身的な活動が評価を受けたとともに、オール与党で原発を推進してきた勢力への厳しい批判と日本共産党への共感、民主党などが進めている「水産特区」問題など漁業者に背を向ける規制緩和への批判などが寄せられたと確信しています。

 

 さらに、原発の町=女川町では現職二人が22%の得票を獲得して2位・3位で当選しています。

 

 私たちも、被災地での住民の皆さんの期待をしっかり受け止め、救援・復興に全力を尽くしたいと思っています。


震災から6カ月経過した1111日、 「原発ゼロをめざす学習会」が開催され、「原発被災地(故郷)に思いを寄せて」というテーマで、福島県から実家のある岡山に移住をしている大塚愛さんが講演されました。

 私は、その同じ日、国鉄労働組合の1047名不当解雇事件の終結集会があり、そちらに出向いたために、大塚さんの話を聞くことができませんでした。

 石村とも子さんが、その内容と感想をキチンとブログにしていますので、写真も含めてそのまま紹介します。ご一読ください。

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 大塚さんは、岡山大学卒業後、自給自足の生活にあこがれ福島県川俣町に農業研修に行き、その後川内村に定住します。

 ガスも電気も水道も無いところで自分で小屋をつくり、大工に弟子入りをし農作業をしながら生活をしていました。

 その後、結婚し2人の子どもに恵まれ、夫自作のソーラーパネルなどを駆使しながら自然と共存した生活を続けて12年が経っていました。

 子どもさんとおやつを食べていた時、大きな地震に襲われます。他の家に比べ大塚さんの家は構造上大きな被害はなく、ライフラインも自前だったので、避難をしなくても暮らせる状態だったそうです。

 ところが、あの原発事故が起こり一変します。

 福島原発の電源喪失の情報を受け、午後9時にとにかく西へと避難を始めます。大塚さん家族がこれだけ早く避難行動を起こしたのにはわけがあります。

 川内村に住み始めてから間もなく、近くに原発があることを知り、自分なりに勉強をしたり脱原発の運動をしている人の集会に参加するなどしていました。

 また、川内村は「原発城下町」と呼ばれる地域で、身近に原発関係者もいて、「東電に行って白血病で死んだ」という話もよく聞いていたそうです。

 けれど、いざ住み慣れた土地を離れるとなると「これ以上、川内村から離れたくない」という思いが強くなったそうです。

 しかし最初の爆発が起こり、「はじめて自分が住んでいるところに放射能が降ってきてしまったということを認めた」そのとき、「なんてことをしてくれたんだ!という思いがお腹の底からわいてきて、空まで届くような強い思いを抱いた」と。どんなに悔しかったでしょう。

 岡山に避難してからは、「3・11以前のことは振り返ることもできない、戻れない愛しい日々になってしまった」と、過去のことも先のことも考えられない状況だったそうです。

 そこから、だんだん「いま自分にできることをしよう」と思えるようになり、5月に会を立ち上げ避難を希望する人に住宅を紹介したり、生活物資を集めて配給するなどのとりくみを始めます。

 避難をしてきている人の多くは、「母子疎開(避難)」といわれる方が多く、生活支援だけでなく人とのつながりも求められていると感じ、6月からは交流会なども行ってきました。

(原発の映画上映会などにもとりくまれています)

 いま、会で出会った人の中から「岡山給食向上委員会」など新しい会も結成され、あらたな運動も広がっています。

 大塚さんが、自身の体験を語ることについて「あなたはフクシマの語り部だ」と言われたそうです。これまで40回ほど講演会で話をしてきたそうですが、「いくら話しても思いは尽きない」「ベースにあるのは川内村を愛する心だと思う」と話されました。

 そして、「私が大切なものを失ったのは、地震のせいではない。原発事故です。どうしてもあきらめられない思いです」と。

 脱原発に向けて「なぜ原発は危険なのか、原発は無くても大丈夫。というメッセージを届けていきたい」と、これからも行けるところには出かけて行って語り部を続けたいと話されました。

 大塚さんは、脱原発を訴えるうえで、もっと明るく楽しい訴え方をしたいと、「イマジン」の曲にフラダンスの振りを付けた「アロハで廃炉」を最後に踊ってくださいました。

 大塚さんの福島を思うあたたかい気持ち、言葉にならない願いを感じる踊りでした。

 もう以前のところに戻ることは出来ないかもしれませんが、せめて安心して暮らせる状況を早くつくることが、政府がすべき最大で最低限の仕事だと思います。

 私も、原発のない社会づくりを発信し、新しい社会の実現に向けて頑張りたい!と思いを新たにしました。(石村とも子)

 

大塚愛.jpg(写真は「アロハで廃炉」を踊る大塚さん

6月に訪れた際には、「午後325分」で時計の針が止まったままになっていたJR山田駅・・先日訪れた際には、時計はもちろん駅舎も取り壊され、線路も外されていました。「がれき撤去」の一環なのですが、やはり寂しいものがあります。

 

 今後の復興策として「高台移転」の議論があります。その方式で今回の津波を免れた地域もありますので、その方式が「いのちを守る決め手」であることは確かですが、現地の声は単純ではありません。

 

 いくつかの意見を紹介します。一つは、街ぐるみ全面移転を可能にする土地が確保できるのか、二つ目は、高台で津波は防げても、地震、土砂崩れなどの危険性は高くなるのではないか、三つ目は・・・これが一番深刻なのですが・・・水産業が衰退し漁業を継ぐべき若者が都会に出ていくなか、高台に移るのは高齢者だけになる。それで街づくりが可能なのか・・。四つ目は、医療・介護、商店街・・それらが沿岸部から消えていく中、高台が街としての機能を維持できるのか・・・。

 

 高台移転論も、「上から」ではなく、住民の声を踏まえた「下からの街づくり」として取り組まなければならないと痛感させられました。

 

(写真は駅舎も線路も消えた山田駅) 山田駅 11月.jpg

宮古港.jpgTPP問題をめぐる動向は、ご存じの通り。「一日のずれ」が民主党内のガス抜きにはなっても、問題の根本がいっさい変わる訳でないことは明らかです。

 

 さて、TPP問題に関してはこの「いのしし日記」で論じてきましたし、資料も掲載していますので、今回は別の角度からの意見を述べておきたいと思います。

 私たちはこのTPP参加問題を「東北大震災の復興の妨げになる」と指摘して来ました。被災地の状況をつぶさに見て特にそのことを痛感しています。

 

 被災3県が復興を遂げていく上で柱になる産業は農業と漁業です。復興のための公共事業も、経済と雇用に大きなインパクトとなることは言うまでもありません。

 そうした時期に、農業も漁業も公共事業もアメリカに売り渡す道をひらくTPPが、復興の妨げになることは火を見るよりも明らかです。

 

 「復興の妨げになるTPPは、断固反対」・・被災地の声をしっかり届けることは「東北の救援・復興」の仕事の一つだと考え、声を大にしています。

 

(写真は再開された宮古漁港)

今日9日までが読書週間。いつもなら何かまとまった本を読むのですが、今年は東北支援もあり、何かドタバタして何も読めずじまいです。それでも「活字」が恋しい世代は、「辞書」とにらめっこして楽しんでいます。

 

 「辞書」についていえば、先日の読売新聞「編集手帳」に、次のような句が紹介されていました。

 

褒美(ほうび)の字 放庇(ほうひ)に隣るあたたかし

人の世や 嗚呼(ああ)にはじまる広辞苑

 

整然と並んだ辞書にも、「人生」を読み取ることができるのだと思うと楽しくなります。

 

 辞書の解説に文句を付けることなどできないのですが、納得いかないのは「右」「左」の説明です。

 「右」は「東を向いて南の方」「この辞典の偶数ページの側」とあり、「左」は「東を向いて北の方」「この辞典の奇数のページ」とあります。この説明はその通りなのですが、しかし釈然としません。

「東西南北」や「偶数・奇数」が分からない人の場合は「左右」をどう理解するのか・・それは辞書を引けばよい・・となる訳で、あちこちページをめくることになります。

 

 溢れるネット情報のなか、辞書をめくって「活字」の面白さを知り、「言葉に魂が宿る」という日本語の一字一句の意味の深さを学ぶのも大切かと思います。


岩日.jpg宮古からの報告の最初に、岩手の地元紙「岩手日報」の一面トップの記事を紹介します。

「岩日」は震災後、紙面の1面トップに震災後の岩手の現状と被災者の生活、復興の問題点などを報道してきています。

 

 先日、宮古で目にした10月中の「岩日」のトップ見出しを以下紹介します。その見出しから、記事の内容、そしてそれを通じて被災地の苦悩を想像してみてください。

 

8日)被災9市町村 応援職員102人要請 依然として人で不足悩む 

9日)再興信じ待望の海へ 甲板は戦場「やるしかない」  

10日)年内にもがれき焼却へ 本県内陸10施設 受け入れ先で説明会 

12日)心のケアまだ不十分 本県被災地震災7カ月 人材確保課題 自殺増も懸念 

15日)県の震災離職者対策雇用事業 求職者 求人上回る 臨時敬遠 地元希望で 

17日)県内定置網復旧30% 資材、漁船調わず 秋サケ控え対策急務 

18日)県産木材の出荷滞留 合板工場の復旧難航 

21日)稲わら、牧草 処理進まず セシウム問題で県内 めど立たぬ埋蔵処分

22日)防波堤や土地利用 国主導 住民の声遠く 

23日)サンマ水揚げ4割減 過去3年比 施設の復旧遅れ 

27日)アワビ漁獲6割減 4漁協漁見合わせ 

28日)被災3県 臨床研修減へ 

30日)13診療所 再開できず 沿岸12市町村 地域医療どう再生 

31日)物資支援 なお必要 宮古・冬物配布会に600人 

111日)入院ベッド維持困難 一関診療所 県直営も厳しく

 

写真は田老で8月から頑張っている店 http://takeda.m-cast.jp/


14cc23857fd44400051ed8e4cdbbd06f.jpg oni.JPGTPPをめぐる情勢が緊迫する中、全国各地で「TPP参加阻止」の声が広がっています。9日の昼、岡山市で開催された県労会議呼びかけの集会・デモには100人を超える人が参加。そして、JA岡山からの「TPP阻止で力を合わせましょう」のメッセージも寄せられました。

 

 また、医療関係では、112日に日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会の連名で「見解」を発表し、「国民皆保険制度を守ることを表明しない限りTPPには反対」の態度を表明しています。この「見解」では、我が党の志位和夫委員長が111日に衆議院本会議で行った代表質問への野田総理の答弁が引用されています。

 

 さて、TPP問題を理解するうえで、アメリカの対日要求をキチンと把握することが大切です。私のホームページに「2011年米国通商代表(USTR)外国貿易障壁報告書」を掲載しています。アメリカの要求は露骨なものであり、それを受け入れることはアメリカに魂を売った政治家しかできないほどのものです。

 ぜひご覧いただき、一緒に「TPP参加阻止」の声を挙げていこうではありませんか。

 

TPP関係の資料は「政策・見解」に掲載http://takeda.m-cast.jp/


野田民主党政権の動向を見ていると、私の長い政治生活でもかつてなかったような酷さを感じます。

 

 G20で「消費税10%」の国際公約、APECでのTPP参加表明、「辺野古移設」の日米合意をまもるための「環境影響評価書」年内提出・・・マスコミでも「亡国の政治」と指摘されていますが、私にはさらに「売国の政治」の表現もピッタリかと思います。

 

 アメリカ言いなりの政治の根っこを変革する取り組みが求められているのではないでしょうか。

 


私の「救援・復興」活動がなぜ宮古なのか・・・「(続)宮古レポート」を始める前に、そのことを話しておきたいと思います。

日本共産党は全国の党組織で地域を分担して取り組んでいます。岡山県の担当が岩手県宮古地区(宮古市・山田町・岩泉町)なのです。

 

この「担当地域方式」が効を奏しています。

私たちは被災地の交通が回復した6月以降、ほぼ毎週ボランティアを派遣して来ました。また、中国地方で分担して月単位のボランティアセンター責任者を配置してきています。その関係で、被災地の現場の様子も、被災者の生の声もリアルタイムで伝わってきます。現地の皆さんとの人間的な交流も深まってきます。それがさらに支援の内容を具体的系統的にしてきているのです。

 

とりわけ、日本共産党のボランティアには、私たちしかできない仕事があります。被災者のみなさんが「避難所」から「仮設住宅」に移り、新しい生活を始めた頃、仮設の一戸一戸を訪ね、要望、意見、悩みを聞く活動を毎日続けてきました。

そして現在は、被災した自宅で生活をしている高齢者の方々を訪ねています。そうした中で、復興の見通しや政治を変える展望などに話が及んだこともありますが、それは日本共産党ならではの活動でもあります。

 

 庶民の苦難あるところ日本共産党あり・・被災地でもこの旗は高く掲げられています。

 

middle_1320468078[1].jpg


115日、6日と奈義町において「第16回小さくても輝く自治体フォーラムin奈義」が開催されました。私も錦秋の県北を訪ね、二日目の報告を聞かせてもらいました。

 

 二日目の報告の一つは、広島県三次市作木町を中心に活動する「特定非営利法人・ひろしまね」の理事長をされている安藤周治さん、もう一つの報告は、福島県安達郡大玉村長浅和定次さん、です。

 

 安藤さんは「住民がつくる『もう一つの役場』~ここで暮らし続けたいの思いを繋ぐ」というテーマで地域づくり、地域の組織づくりの活動を報告してくれ、参考になりました。

 また、浅和村長さんは原発災害で地域住民と役場機能の全ての避難を強いられていること、情報不足と国の遅い対応への怒りを述べられた上で、自治体には「正しい知識」と「正しい対応」が求められると指摘されました。

 

 最後の決議された「参加者アピール」には、次のように述べられています。

「大震災で明らかになった教訓は、第1に「集落とコミュニティの大切さ」、第2に基礎自治体の大切さ、特に小さなコミュニティに手の届く小規模自治体の存在意義、第3は「自治体間の日常的な交流にもとづく横の連携」・・・。

 

 わずか半日でしたが、深く学ばされたフォーラムでした。 奈義.jpg


2011110311520000.jpg 1日から岩手県に来ています。今回の目的の一つは、本格的な冬を迎えてのボランティア活動の調整、二つは、震災後8ヶ月を迎える被災地の状況をこの目で見、この鼻で臭うことです。

 飛行機で到着した花巻から宮古、宮古から盛岡、盛岡から宮古、田老、山田とかなりの距離の運転はしんどいものがありましたが、やはり「何事も現場で考える」意味はありました。

 被災後3ヵ月後の宮古の様子などは、これから「いのしし日記」で配信しますので、お読みいただきたいと思いますが、一言で言うと、かなり複雑です。

 確かにあの「瓦礫の臭い」は消え、「復興の兆し」が見えているのは確かですが、「景色」が変わっていないのです。ここに「生活」が帰り、「生業」が戻ってくるのはいつなのか・・・積み上げられた瓦礫の山を見ながら、かなり重い気持ちでいます。

高台から見た田老港の光景は http://takeda.m-cast.jp/


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