2012年1月アーカイブ

今日31日、米軍機低空飛行による土蔵倒壊事件の被害者である井口さん宅(津山市田邑)を広島防衛局企画部長の藤代誠氏らが訪れ、日米地位協定第18条5項の規定にもとづいて、「公務上の事故補償処理をしたいので、井口さんの方から被害請求をしてください」との伝達がありました。

 

伝達の内容の詳細な検討はこれからですので、ここでは同席した末永市議(井口さんの正式な代理人)から報告があった衛局側の言い分をそのまま記しておきます。

 

最初に、3月2日以後、長くなったことへのおわびがあった上で、「過去に例が無かった出来ごとであり、建設関係や飛行機・音の専門家に調査を依頼し、報告書を作ってもらい、内部協議をしたために、長くなった、申し訳ない」との経過説明。

 

そして、「土蔵については、水に浸されていた箇所、シロアリ等の被害もあったが、通常で崩壊すると言うことは考えられない。気象の専門家にもきいたが、地震も、台風も、雷もなかった、と、言う事ですから、米軍2機が通常の定めに従って飛行したことと、関係が無いとは言えない、他に原因が見つからない・・・」

 

従って「国が被害者からの賠償請求を受けて、米国政府と協議の上、額を決定して支払いたい。井口さんに、損害賠償の手続きをして頂きたい」とのこと。最後に「請求のありかた、書式・書き方」などを説明し、書類を井口さん手渡して帰ったそうです。

 

井口さんは「もう少し早くしてほしい。なんで、1年近くかかるのか、請求書書式がむずかしすぎる」などこの間の苦痛を述べ、末永市議は「責任論が、極めて、消極的認識ではないか、米軍が悪い、責任がある、とあっさり認めるべきだ。井口さんのおばあさんが精神的ショックで痴呆がすすんでいる。井口さん本人も含めて精神的な慰謝料のようなものを認めるべきではないか・・」と指摘しています。

 

 防衛局の言い分から推測すると、米軍は自らの低空飛行が原因と認めていない様子であり、今回の補償措置は「他に要因が見当たらない」という防衛局の判断によるものと思われます。

 

 末永市議の指摘も含めて「補償の範囲」も大きな争点となりますが、米軍が日米合意違反であることを認めるかどうか、補償金の負担を何処がするのか、日本なのか米国なのか、その割合はどうなるのかも大きな争点です。

 

 我が物顔で日本国の上空を飛びまわり、住民に被害を与えてもそ知らぬ顔で済ます米軍、その顔色を伺って被害者である日本国民の税金で肩代わり補償をする日本政府・・我々はこの屈辱にいつまで耐えねばならないのか・・この国のあり方が問われているのではないでしょうか。


時代の閉塞感が要因なのか・・橋本大阪市長の「橋本主義」が注目を浴び、各政党が風見鶏の如くなびいています。

 しかし、先日のテレ朝系の「朝まで生テレビ」でも明らかですが、橋本氏の主張を落ち着いて聞けばその危なっかしさは一目瞭然ではないでしょうか。

 

 例えば、彼の「教育基本条例」の主張を岡山県に例えてみれば、こうなります。

石井知事が「教育目標」を決め、教員が同じ命令に3回違反したら首にできるというものなのです。それを「岡山議会が条例として決めたことになぜ現場が従わないのだ」というわけです。

 

 石井知事や岡山県議会が、「言うことを聞け」と学校現場を恫喝しだしたら岡山県の教育はどうなるでしょうか。

 

 大阪の人々は「橋下主義」を「ハシズム」と呼んでいるそうですが、まさしくファシズム以外の何者でもありません。


「辰年」が明けてもう明日で一月が終わります。毎年年の初めに干支の話をするのですが、年頭から多忙を極め、今年が辰年であることも忘れてしまいそうでした。

 

1月の区切りに「竜」の話を一つ紹介しておきます。

これは、国土問題研究会の「苫田ダム完成5年の検証調査」のなかで指摘されていることなのですが、実は、岡山県には「竜」の字を名前に含む山が非常に多いのです。中四国9県の中で、山の総数に占める「竜」「龍」の名がつく山の割合は、岡山県が一番高いのです。

実は「竜」は「雨乞い行事の行われる地」であるとされており、やはり「晴れの国」の面目躍如といったところでしょうか。

 

しかし一方、「竜」には「暴れ川」の意味もあります。4年前の美作の豪雨災害をはじめ昨年9月の台風豪雨災害も含めて岡山の「暴れ川」の「竜」も忘れることは出来ません。

 

今年も、森羅万象に潜む「竜」と向き合いながら、命を大切にする政治を心がけたいものです。

 

 


石村.jpg中国地方を行脚していると、衆議院比例代表中国ブロック候補の石村智子さんへの期待の広がりを実感します。

 そんな中、ある方が石村さんのことをこう表現していたのが「言いえて妙」と思いましたので紹介します。

 

 それは「石村さんは伸びしろのある政治家」という表現です。私はこれまで「物怖じせず成長発展する政治家」と紹介してきましたが、この「伸びしろのある政治家」の方が的確です。

 

 比較して「武田さんはもう伸びしろは少ないですが・・」と言われるのは少し悔しい思いもしますが、腰が痛くならない程度に背伸びして頑張りたいと思っています。


中電.jpgこの27日に島根原発2号機が定期検査入り、停止します。その結果、稼動する原発なくなり、中国地方は事実上「原発ゼロ」社会となります。

 

そのことを受けて25日、中国5県の日本共産党県委員会と石村衆院比例候補が、日本共産党の中国地方5県委員会と石村智子衆院中国ブロック比例予定候補が中国電力本社に「中国地方において原発からの撤退を」と申し入れました。私も同行して広島の中電本社に出向きました。

 

申し入れ書は、ホームページの「政策・資料」に掲載していますのでご覧いただきたいのですが、中電側とやり取りしていて感じたことがありますので、記しておきます。  


野田総理の施政方針演説を聞きました。先日の「チャーチル演説の引用」をはじめ、「引用」が多いこと自体も気になるのですが、何よりも今回は、引用した相手が福田元総理、麻生元総理だということです。

 

2人とも、国民が「ノー」をくだした政治家ではないのでしょうか。この二人に代表される自民党政治の末期的現象への「ノー」の世論が、「政権交代」を実現したのではないでしょうか。国民の間からは済んでしまった元総理の発言の引用は、空虚にしか聞こえません。

 

国の大方針を議論する予算国会の施政方針演説において時の総理が紹介すべきは、「国民の生の声」であるはずですが、それは一言もありませんでした。

 

 なぜ、国民の声を取り上げず、国民から「ノー」と言われた元総理の言辞だけを引用するのか・・・野田演説は結局、主権者・国民の立場に立った「大局」演説ではなく、自民党を消費税議論に引き込むための「政局」演説でしかないのだと思います。

 

 明日27日午後、我が党志位和夫委員長が代表質問に立ちます。日本のこの閉塞状態をどう打開するのか、「大局」に立った質問をぜひお聞きください。


映画「ヒミズ」を観て、この映画が話題になっているのは、主演の染谷将太と二階堂ふみがヴェネチア国際映画祭で「最優秀新人賞」を受賞したからだけではないと思いました。やはりすごい映画だなと思います。

これから観る人のために、ストーリーやその顛末は紹介しません。話題になっているいくつかの点に関して、私の感想を述べておきます。

 

 まず、暴力シーンが話題になっていますが、私にとってショックなのはむしろ親が子どもに「お前なんか生きていてほしくないんだ」と詰め寄るシーンです。私が係わった児童虐待事件でも、実際に子どもをこのように扱っていた話しはあります。親にこう詰め寄られた子ども(中学生)は何処に行けばよいのでしょうか。

 

園子温監督は「震災後に、何もなかったように映画を撮り続けることはできなかった」として舞台を被災地に設定変更したことも話題になっています。それが映画にどのように反映しているのか、原作を見ていない私には判りませんが、最後の希望のシーンにつながっているのだと願っています。

 

どんな映画にもラストシーンがあります。それは怒りで終わろうが、せつなく終わろうが、希望で終わろうが「映画の主題そのもの」だと思います。この「ヒミズ」のラストシーンは、最近観た映画の中でもとりわけ胸を打つシーンであることは確かです。

 ぜひ一度・・と薦めたい映画です。

 


1月22日、岡山県などが主催する「県民防災フォーラム」が開催されました。午後からの河田惠昭氏の講演を聞きに出かけました。

河田惠昭氏は、関西大学社会安全学部教授・学部長で、岡山県地震・津波対策専門委員会の委員長をされている方です。「東北大震災の教訓を岡山県の防災対策にどう生かすか」の基調講演をぜひ聞きたくて参加しました。

 

 災害による被害に関して、「災害の規模」だけでなく「人的・社会的な要因」によって被害が拡大することは、各方面から指摘されていることですが、河田氏は例えば「市町村合併」に関して、かねてから「市町村合併により、マンパワー不足、土地勘のある職員不足、現業職員の減少等が懸念される」と指摘されてきており、今日の講演でも「市町村再編による災害問題」を一つの柱にされていたことは注目に値すると思います。

 

 河田講演では、最後に「巨大地震における岡山県の被害想定」の話になりましたが、従来の想定の2倍の津波に加え、液状化問題、長周期振動によるコンビナート被害などの指摘があり、岡山県独自の防災対策の課題を痛感させられた次第です。


真庭バイオマス.jpg真庭市が取り組んでいる「バイオマスタウン真庭」の視察に行ってきました。吉井英勝衆議院議員と石村智子さんに同行したものです。

 

 「バイオマス」とは、「再生可能な、生物由来の有機性エネルギーや資源(化石燃料は除く)」の意味で、森林率8割を誇る真庭市では「林地残材」や「樹皮」など以前は廃棄物として処分していたものを、燃料化し発電などに使っています。

 

 視察はまず木質バイオマスエネルギーを使って空調をしている真庭市新庁舎、木質バイオマス原料の集積基地、バイオマス発電をしている銘建工業の3か所を視察しました。

 

 私たちが問題意識を持ったのは、「木質バイオマス」という自然エネルギーだけでなく、その開発・普及の全過程が、地元の産業の振興と雇用の確保に役立っているかどうか、ということでした。

 

 私たちは、「原発ゼロ」を主張していますが、大事なことは、そのことによって「エネルギー供給がどうなるのか」ということと、もう一つは、新エネルギーが地域経済の内的循環(仕事と産業の開拓、雇用の拡大など)にどう貢献できるか・という点です。

 

 大企業と大手ゼネコンの利益共同体の「原発」から「エネルギーの地産地消」による地域経済の発展への可能性を見出すのも、現在の議論にとって重要なテーマだと考えます。


島根原発は、3機のなか、現在動いているのは2号機のみ。それも27日には定期検査のために運転は停止となり、中国電力は事実上「原発ゼロ」となります。

 

16日、石村智子さんや島根県議団、松江市議団らと一緒に中電島根原発を視察。1号機と3号機は原子炉建屋の中まで入っての視察をしました。

 

説明に当たった中電側は、福島原発事故の教訓に立って「電源喪失を防ぐための緊急発電のシステム確立」や「津波対策のための15メートルの防波堤建設」などを必死で説明に当たっていました。

 

しかし、「地震」「津波」対策強化の説明を受ければ受けるほど、「そんな危ない地震・津波国になぜ危ない原発を建設するのか」と不思議に思わざるを獲ませんでした。

 

それ以上に気になったのは原発施設のあらゆるところに「日立」「鹿島」の名が・・・。さらに、15メートルの堤防工事は五洋建設と大林組が受注・・。原発で巨額な利益を得てきた原発利益共同体の名前が並んでいました。

 

余談ですが、建屋の中で黙々と働く人たちの頭上に流れていた曲は・・坂本九の「明日があるさ」とベートーベンの「エリーゼのために」・・。

  島根原発.jpg


中林.jpg中林よし子さんが、「島根の太陽、暮らしのよし子」のキャッチグレーズで、竹下登など保守の地盤に風穴を開け、33歳で見事国会に出た中林さん・・同年代の私たちにとってそれは青春そのものであり、岡山においても「政治革新の太陽」であったことは間違いありません。

 15日に松江市内で開催された「中林さんをねぎらう会」は、全国から200人近い方が集まり、多くの方から中林さんの国会議員としての実績への賞賛が続きました。

 

その論戦力は抜群で、政府に「ミニマム・アクセス米は国際的な義務ではない」と認めさせたり、農水省の無駄づかいである「中海干拓」を中止に追い込むなど、目覚しい実績を持って今います。足守川パイプライン計画を中断に追い込んだのも、住民パワーと連携した中林さんの論戦力に負うところが多いのも確かです。

 

 中林さんの初当選は33歳とのこと。それから33年。今度は36歳の石村智子さんを掲げて、中国地方での「国盗り物語」の「夢を現実に」と願っています。

 


意外と世間の狭い自分を実感させられています。県議時代には、視察で全国を回ったり、NPT(ニューヨーク)子どもの権利条約(ジュネーブ)で世界を駆け回っては来たのですが、実際の生活は吉井川と旭川の間でしか生活したことがないのです。

今回の仕事は、中国5県が日常の活動のエリアとなりました。中国地方の地図を眺めながら、知らない土地ばかりでため息をついています。

 

141516日は鳥取、米子、松江を回る仕事でした。岡山駅から特急いなばに乗車、いったん兵庫県に出て、上郡から智頭線に入ると、大原町を過ぎるところから一面は雪化粧でした。

それでも、鳥取駅のタクシーの運転手さんは「今年は雪が少なく、人が動いているのでありがたい」とのことです。

 

14日は、鳥取市と米子市で100人規模の後援会の集いが開催され、比例代表候補の

石村智子さんはビデオレターで新年の挨拶。私は、事務所長として石村さんを紹介するとともに、中国ブロックから必ず共産党の国会議員を」と訴えさせてもらいました。

 

中国地方は、70年代の後半、中選挙区の選挙で島根から中林よし子さん、岡山から則武真一さんを国会に送り出していました。

その後、議席を失いましたが、90年代に入り、比例代表選挙で正森成ニささん、そして中林よし子さんを国会に送ってきました。

今度は、若い石村智子さんを先頭に議席の回復を・・と力が入っています。

 

 写真は 雪景色.jpg16日松江から帰りの伯備線の車窓からの雪景色(千屋付近か?)


操山.jpg 年を明けた西大寺は、早くも裸祭りの雰囲気が漂い始めています。街を歩けば「武田さん今年は?」との声が掛かってきます。

 

 「もちろん今年も」と答えますが、昨年は体調が悪く、参加してはいても本堂に上がらず、裸の渦に入らないままでした。もちろん現在も、腰の方は一進一退を繰り返してはいます。

 

 ですから、体調管理とトレーニングには心がけています。正月には讃岐の金比羅さんの階段800段を通常のペースで上る事が出来ましたし、先日は操山をいつものペースで散歩してきました。

 

 西大寺の多くの裸衆と同様、段々気合が入ってくる今日この頃です。

 

操山から見た沖新田、西大寺平野

国会議員80人削減」といったチマチマした話でなく、「国会議員450人分相当の政党助成金」を廃止したらどうですか・・・先日、民放のテレビ討論会で我が党の小池さんの発言ですが、ズバッと核心を突く指摘に、テレビを観ていた多くの方から「民主党や自民党、公明党が『身を削る』というのなら、まず政党助成金を廃止すればよい」と共感の声が寄せられました。

 

 政党助成金について、もう一つ興味深い情報を・・。平成22年の政治資金報告によると、岡山県の民主党(県連、参議院、衆議院の支部の合計)の収入のうち、政党助成金を主とする本部からの収入は、収入総額の59%を占めています。

 国会議員の政務調査活動などとは別個の政党支部の収支報告ですから、この収支報告は政党活動や候補者活動などが主なものです。言ってみれば、岡山の民主党の国会議員のみなさんは、その資金の半分以上を国民の税金で賄っているということです。

 

 判りやすく宣伝カーに例えれば、「タイヤの半分は国民の税金で揃えている」ということです。「身を削る」というのなら、「タイヤくらい全部自分で買えよ」という声がでても可笑しくはないと考えるのですが、嫌味でしょうか。

 


仁比さん 縮小.jpg「『黒い雨』に遭った同級生が次々と原爆症のような病気で死んでいる」・・今から66年前、原爆による「黒い雨」に遭いながら、被爆者として認定されないでいる方々で結成している「『黒い雨』原爆被害者の会」の方々から深刻な話を伺いました。

 

 詳細な話は後日に譲るとして、私が注目したのは、「黒い雨」関係者の皆さんは、放射能を含んだ食べ物や水を口にし、その土地から育った米や野菜を食べ続けてきたということです。いわゆる「内部被曝」です。

 

 ある方が、「私たちは高齢で余命幾ばくかです。福島の若い皆さんに内部被曝の怖さを知ってほしい」といわれました・・・。

 

 作家の大江健三郎さんが「ヒロシマのある国で、フクシマを許した責任」について指摘しておられます。「黒い雨」による内部被曝の話を聞きながら、核兵器の廃絶と原発ゼロの思いを強くした次第です。


衆議院比例代表中国ブロック候補の石村智子さんは、新しい年を「国民的共同で希望の年に」と、元旦からスタートダッシュです。

 岡山のビブレ付近の交差点では、石村さんをはじめ、氏平みほ子県議、林潤市議、東つよし市議、田中のぞみ市議らが元気良く訴えました。

 私も、「初詣」と「初日の出」と寝不足でしたが、中国ブロックの初仕事として参加しました。今年も多忙な年になるのを予感させられる仕事始めでした。

元旦宣伝.jpg


新年のご挨拶

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新しい年を迎え、ご挨拶を申し上げます。

 

 皆さんは、新しい年をいかがお過ごしでしょうか。被災地の冬の厳しさと原発・放射能への不安を思う時、決して「おめでとう」とは言えない心境でもありますが、それだけに新しい年が新しい社会への新しい一歩になることと祈らざるをえません。

 

 私の年末年始は、家族・友人と一緒に、大晦日の上寺山参詣、除夜の鐘を聞きながらの金岡宝琳寺、西大寺観音院への初詣、夜明けとともに久々井の山頂から小豆島に昇る「初日の出」、帰り道に備前一宮の安仁神社初詣で始まりました。

東北に向いて合掌し、「いのちが大切にされる社会」の実現を誓った次第です。

 

 さて、この1月から「日本共産党国会議員団中国ブロック事務所長」という大役を仰せつかり、そこで任務に就くことになりました。事務所は、岡山市中区赤坂本町にあり、遠くにいく訳ではありませんが、活動エリアは中国5県ですので、あれこれ不義理をすることも多くなるかとは思いますが、これまで同様のご厚情をお願いする次第です。

 

 その点を含め、詳しいことを述べたご挨拶は、ホームページの「挨拶、訴え」コーナーに掲載していますので、ご覧いただければ幸いです。

  初日の出.jpg


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