県議会: 2008年7月アーカイブ

25日の総務委員会では、8月上旬に予定されているチボリジャパン社の役員会に臨む県の態度について報告があった。

 県が「事業の終結」「チボリ社の解散」を決断したのは当然だが、問題はその後の「事業の廃止や会社の解散が提案されれば賛成」というくだりである。
 私はチボリ事業の全経過からして石井知事がその提案をすべきだと考える・・自らの責任も含めてである。石井知事は「誰かが提案すれば賛成」という傍観者のようなスタンスでよいわけがないではないか。

 第3セクターの終結は困難さが付きまとう。だからこそ自治体の態度の明確化が求められるのだ。知事の無責任さが、チボリ事業の終結を遅らせている・・そしてその間、毎月5000万円の土地代が支払われているのだ。

25日の総務委員会で、県当局から「財政構造改革の視点」についての報告があった。私は、その中で次の3点を強調して、当局の姿勢を質した。

 まず、第1は「何のために財政改革をするのか」という基本的立場の問題である。当局は「小さな地方政府」をめざすとしているが、それで「格差と貧困」 「原油急騰、経済失速」などの諸問題を解決できるのだろうか・・この間、国の「小さな政府」論で、格差と貧困が拡大してきたのではないだろうか・・。

 第2は「基準」の問題である。「官と民の役割分担」というが、私学は民間の学校法人が経営しているのだが、それは公教育の一環を担っているのであり、法律でも公的支援が義務付けられている。厳密な議論が必要ではないか。
 
 第3は手法の問題である。現場の職員で構成するワーキンググループがたたき台を作り、それをプロジェクトチームが精査し、最後は知事判断する・・・従来の仕組みと何処が違うのか。既に、「どうせ最後は知事が選挙目当て格好をつけるのでは」という声が、アチコチで聞こえ始めている。で
 大阪の橋下改革が良いとは全く思えないが、知事が「議論している」ことだけは確かで、岡山から見ていても何が問題かは見えてくる。岡山では、透明性と公開性が何処まで確保できるのかが問題だ。
 
 結局、「石井知事は都合の悪いことは議会と職員の責任にして逃げるのではないか」という不安が過ぎるのは私だけではなさそうである。

15日の総務委員会では「チボリジャパン社の経営状態」の報告と倉敷市の最終回答についての報告があった。

 議論のなかで私は、倉敷市の最終回答についての県の理解を正した。倉敷市の回答の核心は「チボリ問題は県の責任であり、県の責任において最後まで解決すること」という点にある。

 これまでの知事の態度から容易に推測できることは、「倉敷市が負担を断ったからチボリ事業はおしまいになった」と倉敷市の責任にされる不安を倉敷市も抱いているのだろう。知事も見透かされたものだが、事実だから仕方がない。

 私は、8月上旬のチボリ役員会では「知事が会社の解散と事業の終結を提案すべき」と求めた。今度も「坂口社長が提案した」と言い逃れしないようにするためである。

 確かに、チボリ問題は長野前知事が始めたことである。しかし、テープカットをしたのは石井知事であり、途中で「5年間で35億円の補助」を提案したのも石井知事である。結末も石井知事がつけるべきだと思うのは私だけではない。

<臨時総務委員会報告①・・・石井知事 卑怯なり>

 7日の総務委員会では、6月議会最終日の知事閉会挨拶をめぐっての議論が行われた。問題は、知事が閉会挨拶で「チボリ社の解散動議は坂口社長が提出した」と一方的に述べたことによる。その真否を問うために私が大声で「動議」と叫び、今日の委員会開催の運びとなった次第である。

 その後の私の調査はホームページに掲載しているが、坂口社長はあくまで議長として「解散決議」を議題にしただけである。そのことは特別委員会での担当課長の答弁でも明らかである。
 課長が「流れの中で議長である坂口社長が・・・」という部分を知事は意識的に削除し、あたかも坂口社長が提案したかのような発言をしているのである。
 その後、記者会見で記者に詰められると知事は「流れの中で議長としての坂口社長が・・」と軌道修正している。やはりこれが正確なのだ。

 さらに問題なことは知事がその後アチコチで「私が解散決議を提案したら、株主代表訴訟で訴えられますよ。だからそんなことは言うはずはない」と話していることだ。
 会社に不利益をもたらした場合、株主が役員を相手に「会社に損害を償え」と訴えることを「株主代表訴訟」という。
 「そんな目に会いたくないから言うはずがない」・・・しかし知事はその同じ口で「解散決議は坂口社長が出した」と言っている。

 「株主の皆さん。訴えるのなら私でなく阪口社長ですよ」・・「知事、卑怯なり!」・そう思うのは私だけではない。
(「知事の発言」などはホームページの表紙に掲載http://www.nijiiro.org/takeda/)

<臨時総務委員会報告②・・私はなぜこの事を問題にするのか>

 この問題は決して、「言った言わない」の枝葉末節な問題ではない。総務委員会でも私は問題の重要性を3点指摘した。

①知事に閉会挨拶の問題は、知事と議会のあり方の基本の問題である。

②坂口社長に責任を押し付ける知事の姿勢は、チボリに関係する人々を立場の違いを超えて憂慮させている。知事のこの姿勢が、問題の解決を遅らせている。

③知事のこの身勝手さは財政問題の対応にも現れている。

 我々人間は言葉を操って生きている動物である。特に政治家や役人は言葉遣いを厳密にしなくてはならない。ある条例に「等」の一字が入っていないだけで適用除外となり、その結果、自殺した人さえいるのだ。

 最も大切な「流れの中で」と「議長である」の二つのレーズの欠落は意識的としか思えず、それは「道義の欠落」の結果だと思う。

<臨時総務委員会報告③・・委員会で明らかになったこと>

 委員会のやり取りの中で明らかになったことは次の二つである。

①やはり「議事の流れの中で」「議長である社長が解散の動議を出した」が正確である。

②「議事の流れの中で」石井知事が「解散」を提起したことも明らかである。

 その結果、総務委員会としては議会運営委員会に相談して、「閉会挨拶の訂正」を求めることになった。

 閉会日での議長の知事への厳しい注意といい、この総務委員会の確認といい、異例の出来事が続いている。

6月議会は財政問題が最大のテーマとなり、知事の「目玉政策」である道州制問題はあまり議論にならなかった。・・と言うよりかむしろ、「そんな縁遠い話は止めろ」という声も出た始末である。

 私も短時間だったが一般質問で触れた・その論点は、「合併に次ぐ合併で疲弊した地域の様子を無視して、背伸びをすることは空虚だ」という点である。

 知事は従来の紋切り型の答弁だったが、知事には地域の声が聞こえていないと思わざるをえなかった。

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