裸祭りから一週間後の26日、観音院の後祭り、そして神崎の梅祭りに孫を連れて出かけました。「西大寺会陽が終われば備前平野に春が来る」と言われますが、かなりの寒さには少し震え上がりました。
私が小さい頃には(50年も前になるのには我ながら驚きますが)、今の公民館がある一帯が広大な「向洲」と呼ばれる地域で、そこにギッシリと「サーカス」や「屋台」が立ち並び、その中の「見世物小屋」には子ども心に好奇心がそそられたものでした。
観音院の境内にも出店が並び、「寅さんの映画」に出てくるような口上で「よってらっしゃい、みてらっしゃい」とお客を笑わせながら商売する店もたくさんありました。
向洲には農機具販売の店もたくさん並んでいたのを思い出します。備前平野から千町平野にかけての農村地区では、麦の中耕や田あぜの整備などが始まる時期で、「農事はじめ」として農機具が出ていたのでしょうか。その年の豊作祈願とあわせてたくさんの農機具が売れていたのでしょう。
往時の勢いは消えてはいますが、その雰囲気を漂わす郷土の祭りは、なかなかよいものです。












