その他: 2010年3月アーカイブ

「春雷の 鳴り過ぐるなり 湾の上」(虚子)

 

20日の深夜、駐車場から自宅までの堤防の道には、まるで「暗闇にフラッシュ」のような雷の光と「がけ崩れ」のような轟音・・・自然とお腹を押さえて駆け出す自分の姿に苦笑しながらも、それはまさしく恐怖ゾーンだった。

 

しかし、これが「春雷」と呼ぶのだろうか。翌21日は、春の日差しが吉井川の川面に輝いていた。

 

農村地帯では、「雷」は米の豊作と結びついて伝えられている。「雷」の放電の際に作られる窒素は農作物の成長を助け、その雨は「恵の雨」となる。5月の「雷」、8月の「雷」は稲作に不可欠といわれる。

「雷」と「稲」を夫婦に例え「稲妻」と呼ぶのもその由来とのこと。

 

「備前平野に春を呼ぶ」といわれる「西大寺会陽・裸祭り」から丁度一ヶ月・・いよいよ「春到来」である。


大介.jpg29歳になる長男の大介の看護学校卒業式が6日にあった。卒業証書を受け取る際に、数少ない「皆勤賞」も受け取っていた。「頑張っているな」とは思っていたが、「皆勤」とは全く知らなかった。

 

 実は大介は中学校では「不登校」を「貫徹(?)」している。茶髪での卒業式は未だ記憶に新しい。

その後、不登校問題をテーマにした映画「茜色の空をみたよ」の舞台・岡山県立烏城高校にお世話になって無事卒業。仕事を転々とした後、岡山の精神科の病院に介護の仕事で勤め始めて6年。その間に中学時代から付き合っていた彼女と結婚して、2人の子どもの父親になった。

 

 本人なりに色々考えた結果だと思うが、仕事を休んで看護学校に通うことを決意。働く彼女に家計を支えられ、家事や育児をこなしながら3年の課程を終えての卒業となった。

 

 私がこの長男を誇りに思うのは、「いのちを守る看護士」の職業の大切さや「皆勤賞」のがんばりという意味ではない。

 それは、自分の道を自分で決め、自分の足で自分のテンポで歩んでいることである。これからも、同じように歩んでほしいと願っている。


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