東日本大震災の最近のブログ記事

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 東北の瓦礫処理問題について、様々な議論が行われていますが、その際肝心なことは、被災地の現状や思いを踏まえることの大切さだと考えます。

 

 その点で、以下紹介する東田和彦さんのレポートはたいへん興味深いものです。彼は昨年、我が党の宮古市長期ボランティアに参加したメンバーで、つい先日も宮古に出向き、その報告を寄せてくれました。まずは、それをご覧ください。

 

その1.宮古市における震災がれきの現状から「広域」処理は必要。市内のがれきはすべて2か所に集積済みですが、宮古市のがれき処理能力では10年かかる(現時点での処理率は8%)。

その2.しかし、実際に行われている広域処理は「非効率」。宮古市のがれきは一部を東京都が引き受けて、夢の島に運んでいるが、宮古から盛岡へのトラック輸送、盛岡から東京へのJR貨物のコンテ輸送、東京から夢の島へのトラック輸送、と積み替えをしており、手間が膨大にかかる。

その3.国がゼネコン丸投げしていることで問題百出。国は「3年」と言って鹿島JVに一括発注した。単価はトンあたり6万円で阪神淡路の時より高く業者の言い値をそのまま丸のみで宮古市だけで年間100億かかる見込み。巨大な利権ということで産廃業者や運送業者がむらがっている。

その4.しかも鹿島はノウハウを持っておらず、業者にリサーチ中で処理が進まない理由の1つになっている。また、労働者の処遇について、1日の労賃は6,500円(市の臨時職員相当)で、漁民の湾内しゅんせつ作業の12,100円より安い。労働者の健康管理も課題。

その5.そもそも広域処理することをどこで決めたのか?・・このことにみんなが疑問をもっている。「瓦礫処理」は切実だが「全国的な広域処理」の要望は、地元からの発信ではない。

その5.広域処理のあるべき方向性としてはm東北圏内=青森や秋田など被災度合が小さく処理能力に余裕のある県で処理すべきの声が大きい。

 

 実際、被災地の首長さんたちも「時間をかけて近隣で処理すればできるし、それで雇用を増やすこともできる」と語っています。

また、玉野市出身の小説家で映画化された「ミッドナイト・イーグル」や大規模災害を描いた「M8」「TUNAMI」で有名な小説家・高島哲夫さんも、ある東北の新聞に「瓦礫処理は、時間がかかっても、地元の雇用対策と地元業者への発注で解決する」ことを発言していましたが、全くその通りだと思います。

 

(写真は今年2月の福島県相馬市の瓦礫)

 

 

 


DSC_3288[1].JPG石村智子さんを先頭にした東北ボランティアは3日・4日、岩手県宮古市と山田町で仮設住宅に支援物資を届けるとともに、被災者から要望を聞く活動をおこなっています。おりしも「爆弾低気圧」と呼ばれる強風が東北にも吹き荒れる中での活動です。

 

 石村さんにとっては、は昨年5月以降一年ぶりの山田町訪問。佐藤昭彦前町議とともに、仮設住宅を訪ねて被災者からこの一年間の生活の様子や要望を聞き、被災後結成された漁民組合の幹部らと懇談しています。

 仮設の方からは、「今後の生活がどうなるのか考えると夜もよく眠れない」「町の復興計画が決まりつつあるが、年を取り新たに家を建てる余裕はない。公営住宅の建設を急いでほしい」などの声が寄せたそうです。

 

また漁民組合の方からは、境港市から送られた漁船の礼を述べるとともに、漁船新造や修理、漁具の高騰対策などを求め、「漁師一人ひとりの暮らしが成り立つきめ細かい支援が必要だ」との声が寄せられています。

 

石村候補は、「住宅再建や復興住宅の建設など課題が山積しています。被災者の生活と生業の再建のため国が全力をあげる必要があるとあらためて実感しました」と語っていました。

 東北はまだまだ寒く、桜が咲く5月連休明けにならないとスタッドレスタイヤは外せないとのこと・・東北の春は未だ先です。  


冬の間、路面凍結のために中止していた東北ボランティアですが、4月に入り再開することになり、その第1陣が41日岩手県宮古市に向けて出発しました。

 メンバーは、石村智子さんや垣内雄一氏、民青の余江県委員長など元気いっぱいの顔ぶれで、宮古では仮設住宅や被災住宅の一人暮らしの高齢者などの訪問活動などを予定しています。

 

 現地からは「お待ちしています」との声も寄せられており、岡山からのボランティアに期待も高まっています。

 

 盛岡から宮古への途中の「区境」という場所は、未だ路面が凍結して危険とのこと。雪や凍結を知らない岡山からの応援は「何よりも迷惑をかけない」というのが最大のモットーです。無事にミッションを果たして来てほしいと願っています。

 

 いまの私の仕事は、なかなか中国地方を離れることができない実情ですが、近々駆けつけようかとチャンスを探しているところです。 宮古.JPG


原発島根.JPG317日・18日と島根県松江市の島根大学において、日本環境会議第29回島根大会が開催されました。今回のテーマが「原発災害のない社会をどうつくるか」というテーマということもあり、17日だけでしたが勉強に行ってきました。

 島根大学が「全国で原発に一番近い国立大学」というのも、問題意識を共有できるものでした。

 

 私が特に話を聞きたかったのは、特別講演として行われたベルリン自由大学教授のミランダ・A・シュラーズさんの「なぜドイツでは脱原発を決定できたのか」です。

 ドイツでは昨年の福島原発事故の三日後の314日に原発17基中8基の運転停止を決定し、「脱原子力」に軌道修正しています。そして、2ヶ月後の5月には2022年までに全原発の閉鎖を決定しています。

 

 その流れの中で注目したいのは、福島原発事故直後の3月に「安全なエネルギー供給のための倫理委員会」を設置し、エネルギー問題を経済問題としてだけではなく、人間の倫理問題として議論していることです。すなわち「社会正義にかなったエネルギー供給でなければならない」という考えなのです。

 

 原発利益共同体の上にあぐらをかき、今なお政府自身が再稼働に前のめりになっている日本政府とは大きな違いではないでしょうか。

原発をめぐる様々な議論がありますが、何よりも「放射能の被害を将来の子どもたちに残してよいのか」という倫理問題、社会正義の問題として捉える事が大切だと実感させられました。


あと1週間で「あの3.11」を迎えます。様々な企画が各方面で行われていますが、県立図書館で行われている小さな企画展に興味が湧き出かけました。

図書館の入り口の小さなスペースに数枚のパネルが置いてあるだけの企画展なのですが、一枚一枚の写真から関係者の思いが伝わってきます。

 

パネルの表示はそれぞれ「被災地の図書館」「避難所への支援」「学校への支援」「修復・復興へ」です。「支援」とはもちろん「子どもたちに本を届ける支援」です。

 

本棚が崩れて本が山のように積み重なった写真、被災し心身ともに傷ついた子どもたちが、本に触れて目が輝いている写真、気の遠くなるような本の修復に取り組んでいる図書館司書の写真・・子どもたちの心を宇宙にまで広げる「本」と「司書」の役割に、あらためて驚嘆させられた次第です。

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火力発電所.jpg衆議院中国ブロック候補の石村智子さんと県議団の「福島原発災害視察」に同行して福島に行ってきました。6日(月)に福島入りし、7日(火)は朝から相馬市の津波被害を視察。その後、南相馬市原町の原発から20キロの「警戒区域」ぎりぎりまで出向き、さらに「計画的避難区域」の飯舘村役場を視察しました。

 

 一日の視察で全てを理解することは不可能であることも判っており、その上、その数時間で知りえた一部の事実だけで原発被害を語ることは不謹慎かと思っていますが、「現場に足を踏み入れた者の責務」として、数回に分けて報告をさせていただきたいと思います。

 

原発の話に入る前に、まず報告したいのは、相馬市の津波被害です。

 

津波で破壊された相馬港の光景は、昨年通った岩手県の宮古や田老の港の光景そのままであり、田老の巨大堤防の上から「ここは戦場だ」と叫んだ昨年の記憶を呼びさます凄まじさでした。

 

しかし、そこから沿岸部を南下する車の中から見た被災地の光景は、宮古では見たことのないものでした。宮古地区は山が海岸に押し出しており、広い田畑を見かけることはほとんどありませんでしたが、この相馬地区は、海岸線から内陸に広大な田畑が広がっており、その全てに渡って奥深くまで津波で打ち上げられたヘドロで覆われていました。3・11以前には豊かな実りを誇っていた土地が、まるで沼地の底のように黒ずんでいるのです。

 

延々と続くその黒い土の上に立ったとき、1000年以上も前にこの地に鍬を入れた人々の気概をもってしても、ここに緑を蘇らせることは不可能と思わすにはいられませんでした。

しかも、この土と水に放射能が・・・

 

写真は積み上がられたヘドロ。後ろに見えるのは火力発電所。

「辰年」が明けてもう明日で一月が終わります。毎年年の初めに干支の話をするのですが、年頭から多忙を極め、今年が辰年であることも忘れてしまいそうでした。

 

1月の区切りに「竜」の話を一つ紹介しておきます。

これは、国土問題研究会の「苫田ダム完成5年の検証調査」のなかで指摘されていることなのですが、実は、岡山県には「竜」の字を名前に含む山が非常に多いのです。中四国9県の中で、山の総数に占める「竜」「龍」の名がつく山の割合は、岡山県が一番高いのです。

実は「竜」は「雨乞い行事の行われる地」であるとされており、やはり「晴れの国」の面目躍如といったところでしょうか。

 

しかし一方、「竜」には「暴れ川」の意味もあります。4年前の美作の豪雨災害をはじめ昨年9月の台風豪雨災害も含めて岡山の「暴れ川」の「竜」も忘れることは出来ません。

 

今年も、森羅万象に潜む「竜」と向き合いながら、命を大切にする政治を心がけたいものです。

 

 


1月22日、岡山県などが主催する「県民防災フォーラム」が開催されました。午後からの河田惠昭氏の講演を聞きに出かけました。

河田惠昭氏は、関西大学社会安全学部教授・学部長で、岡山県地震・津波対策専門委員会の委員長をされている方です。「東北大震災の教訓を岡山県の防災対策にどう生かすか」の基調講演をぜひ聞きたくて参加しました。

 

 災害による被害に関して、「災害の規模」だけでなく「人的・社会的な要因」によって被害が拡大することは、各方面から指摘されていることですが、河田氏は例えば「市町村合併」に関して、かねてから「市町村合併により、マンパワー不足、土地勘のある職員不足、現業職員の減少等が懸念される」と指摘されてきており、今日の講演でも「市町村再編による災害問題」を一つの柱にされていたことは注目に値すると思います。

 

 河田講演では、最後に「巨大地震における岡山県の被害想定」の話になりましたが、従来の想定の2倍の津波に加え、液状化問題、長周期振動によるコンビナート被害などの指摘があり、岡山県独自の防災対策の課題を痛感させられた次第です。


 16日、日本共産党の倉敷地区委員会が中心になって、東北への支援物資を送りました。衣類、食器、暖房器具などをコンテナ2杯分ですからかなりの量となります。

 現地からは、冬場で「輸送・配布ルートの確保が困難。余り沢山送ってもらってもさばききれない」との声があり、心配していましたが、現地からは「喜んで全部受け取ります」との返事があり、輸送車で送り届けました。

 

 今年はこれが最後の物資輸送となります。来年からもこれまで同様、現地の要望を細かく聞きながら、支援を継続していきたいと考えています。 東北 1.JPG


 私たちの先輩は、日本の四季にそれぞれの色を付けて表しています。春は青「青春」、夏は赤「赤夏」、秋は白「白秋」、冬は黒(玄)「玄冬」・・・・。

 6月、8月、11月と東北の沿岸部を訪ねた際に被災地で見た「色」は「青」でもなく、「赤」でもなく、「白」でもない、くすんだ瓦礫の色でした。

 

 しかし、冬の色だけは「玄(くろ)」のようです。道路もアイスバーン状態で、慣れている人でも、危険を伴うとのことです。

 

  私たちは、この6月から毎週単位で岩手県宮古市を中心にボランティアを派遣して来ましたが、冬場を迎えた東北は、雪に慣れていないボランティアの場合は活動に危険が伴うために、12月から来年春まで組織的なボランティア派遣は中止にしました。

 

そうした中、日本共産党津山市後援会は12月に入ってさっそく、「あったかい湯たんぽを送ろう」と、湯たんぽ105個を宮古に贈っています。コメ75キロと野菜、冬場の衣類、タオル、石鹸などを含めて段ボール45個分の大荷物です。

 

青い草花が芽吹く来年春まで、私たちの物資支援は続きます。

  湯たんぽ募金.jpg


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